約 2,287,822 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3922.html
二 章 まあメランコリーはさておき、ハルヒの突拍子もない思いつきにどうしたものか考えあぐねていた。営利目的になれば高校や大学の同好会とは違う。金はからむし、顧客と出資者への責任も生じる。それに社員全員の生活もかかっている。社会的責任、ってやつだ。ハルヒの思いつきだけで会社がやっていける世の中なら、経営コンサルタントなんていらないだろう。なんというかこう、ハルヒも満足する、社員も顧客も満足する、すべてがうまくいく方法はないものか。 長門から晩飯を作ると電話があったので、俺は帰りにマンションに寄ることにした。俺も今回ばかりはうまく切り抜ける案がないので、長門の知恵を借りることにした。 「ハルヒを満足させられるだけの仕事で、四人を養っていくだけのネタがあればいいんだが」 「……事業内容を二つに分ければいい」 「とういと?」 「基本収入を得る事業、実験的な投資事業」 なるほどな。前者が仕事、後者が遊びってわけか。 「後者のタイムマシン云々はハルヒに好きにやらせるとして、前者の基本収入を得る事業だが、なにかいい方法はないか」 「……低コストでなら、ソフトウェアを売るのがいい」 「お前ならさくっと作れるだろうが、学生をやりながらはきついだろ」 「……大丈夫。時間の切り分けをうまく調整する」 「ハルヒのお守りのためにあんまり長門の手間をかけさせたくないんだがな」 「……いい。必要とされるのは、いいこと」 長門の顔に少しだけ微笑が浮かんだ。そう言ってくれるのは嬉しいんだが。 「じゃあ、俺も勉強して手伝うよ。ハルヒと古泉にも手伝わせるから」 とはいっても、ハルヒに今からプログラム言語を勉強しろと俺が言えるかどうか。 「それで、どんなソフトウェアを売るんだ?」 長門はごそごそと薄型ノートパソコンを出してきた。 「……アイデアはある」 長門テクノロジーから生まれた製品のアイデアはいくつかあった。すぐにでも実用化できそうなのは『自律思考型業務支援仮想人格』とか言うらしい。 「どういうもんなんだそれ?」 「……通俗的な用語を使用すれば、人工知能」 長門がとあるプログラムを起動すると、黄色いリボンをした3Dの人形っぽいキャラクタが画面に飛び跳ねた。 『ゆきりんおかえりぃ、元気ぃ?』 「ゆきりんってお前のことか」 「……そ、そう。たまにそう呼ばれる」 『その人だぁれ?ふふっ、もしかしてカレシぃ?』 このキャラクタ、知ってる誰かに非常によく似てるんだが。 「……この子は元はウィルスだった。北高のコンピ研に所属していた頃、コンピュータから抽出して育てた」 「ウィルスって、大丈夫なのか」 「……問題ない。増殖する機能は切ってある」 長門が言うには、この“涼宮ハルヒシミュレータ”は元々ハルヒの情報を栄養源とする人工知能の一種らしい。 「こいつ、自分で考えて喋るのか」 「……プログラムに考えるという機能はない。状況を示す情報に応じて反応しているだけ」 「どうやってこっちの様子が分かるんだ?」 「マイクとカメラからの情報を内部で解析している」 俺はCCDカメラに向かって話し掛けた。 「おいハルヒ、ちょっと見ないうちに小さくなったな」 『うるちゃいわね!でかいだけが能じゃないわょ』 この三頭身だか四頭身だかのミニハルヒはかわいい。パッケージ化しておまけにフィギュアをつけたら売れるぞ。 「……同じコアロジックを利用し、業務支援ソフトを作る」 長門が考えているのは、会社全体の情報から経営分析し、スケジュールとか文書管理などの仕事で必要な手間をすべてやってくれるマルチなプログラムらしい。簡単にいえば社員全員にAI秘書をつけて業務管理する、らしいが。 「これを店頭で売るのか」 「……店頭小売パッケージにはできない。ライセンス数で売る。グリッドコンピューティングの一種」 難しい名前が出てきたが、要は複数のパソコン上で連携して動くソフトウェアらしい。二十台以上のパソコンがある事業所なんかで稼動可能。だから個人用途では売れない。 「ほかにも、セキュリティ機能をオプションで付ける」 そっちのほうが人気出そうだな。近頃の管理職はセキュリティソフトが好きだから。とりあえず食うために、それをメインに事業をはじめてみるか。 翌日、今度は俺がハルヒを呼び出した。 「ということでだな、まず安定収入を得ることが先決だと思う」 「しょうがないわ。お金なんか目的じゃないんだけど、食っていけるだけの余裕がないと困るものね」 「まあ長門が作ったデモを見てくれ」 ノートパソコンの画面に冴子先生より美人なお姉さんが現れた。さすがにハルヒの格好をしたキャラクタなんか見せたら猛烈に怒り出すだろう。 『おはようございます、涼宮さん。三十分後にミーティングです。出席者は社長、事業部長、課長、担当者です。議題は四点、プリントアウトしている資料に目を通しておいてください。新着のメールは二十件。そのうち、一時間以内に返信が必要なものは四件です』 「なんか、仕事に管理されてるって感じね」 「無駄がなくていいじゃないか」 「無駄がないのはいいんだけど。なんか足りないのよね」 曖昧だな。なんかって何だ。俺も考え込んだ。 「萌えよ萌え!いわゆるひとつの萌え要素」 なにを言い出すかと思ったらまたそれか。 「この秘書、もっと若くしてメイド服着せて、眼鏡っ子にしたらどうかしら。きっと仕事もはかどるわ」 たまにスケジュールミスとか打ち合わせバッティングしそうな秘書だな。 「性格も選べるといいわねぇ。ツンデレとかお嬢様とか。女性向けにイケメン秘書も。ジョークなんか飛ばしてくれると和むわ」 「お前、別のゲームと勘違いしてんじゃないのか」 「ソフトウェアなんて所詮は道具よ。だったら、かわいかったりかっこいいほうがいいに決まってるじゃない」 朝比奈さんみたいな秘書だったら、まあ、一理あるな。 「もうちょっとキャラクタ性が欲しいのよね」 機能に関しちゃなにもなしかよ。 「……分かった」 長門はちょっとがっかりしたようだった。まあそうしょげるな、ハルヒは何も分かってない。いっそのことミニハルヒで売りに出すか、本人の営業付きで。 数日後、バージョンアップした秘書が現れた。 『ハーイ古泉くんげんきぃ?昨日はよく眠れた?もしかして彼女と一晩中ウフフだったのかしら。あら、眉間に皺なんか寄せちゃって、冗談よん』 画面には“メールを読む・今日の予定を聞く・昨日の彼女の話をする”の選択肢が現れた。業務が三択かよ、分かりやすすぎる。 「いい感じですね」 「俺もいいと思う。音声認識させたらキーボードもマウスもいらなさそうだな」 男は単純だ。 「古泉くんみたいなキャラはいないの?」 「……設定すれば、可能」 「じゃあキャラクタをオプションで売りましょう。渋めの中年が好きな人もいるし」 表向きは秘書ソフトなんだが、バックで超高度な人工知能とデータベースが動いてることには興味なさげだった。まあ顧客ってのはそういうもんだろうけどな。 「それでだな、これを主力商品にするのはいいんだが、長門ひとりに開発を任せるのは負担が大きすぎる。だから俺らも勉強して、せめてセールスエンジニアくらいの仕事はこなせるようになりたい」 「僕も多少なら手伝えますよ。専攻ではありませんが、情報工学も取っていましたから」 「プログラム書けるか?」 「ええ。たしなみ程度なら」 そうだったのか。思わぬ伏兵だな。 「ハルヒ、お前も勉強しろ」 「分かったわ。しのぎよね」 「長門、お前は大学院を優先させてくれていいから。無理なスケジュールで働くことはないからな」 ハルヒが趣味で作る会社のために長門の時間を潰させたくない。 「……分かった」 長門に気を使ってそうは言ったが、こいつがいないと会社が回らないかもしれない。思いのほか長門も、ハルヒとつるんでなにかはじめられることを喜んでいるようで、溜息をついているのは俺だけとなった。まあ、しばらくは付き合ってみるか。せめてハルヒが飽きるまでは。潰れたらそんときまた考えればいい。 残るは資金だが。これが最も重要な課題で、しかも難題だ。ハルヒの会社に投資してくれるような酔狂なやつは、たぶんこの世界にはひとりもいない。 「古泉、お前の機関の財政状態はどうなんだ?」 「最近は締め付けが厳しいですね。経費清算もやたら書類ばっかり書かされます」 どこぞもそうだよな。このご時世、金が余ってるなんてやつがいたらお目にかかりたいもんだ。 「機関ってどういう金で動いてるんだ?」 「世界を守るという、我々の目的に同調してくださる御仁が数名いらっしゃいまして。その方々のご支援によっています」 「その、御仁への見返りは?」 「いちおういくつかの会社法人を抱えていますから、その利益を少しでも還元していますね。多丸氏はそのへんの財務を担当しています」 なるほど。どの世界でもしのぎが必要なわけだ。 「出資者はどれくらいいるんだ?」 「片手で数えるくらいです。前にも言ったかもしれませんが、鶴屋さんはその御仁のご息女です」 そういえばそんなことを聞いた覚えがある。鶴屋さんか……。 「もしかして、鶴屋さんに出資を依頼しようとお考えですか」 「分からんが、ダメモトで当たってみる価値はあるな」 「では僕は顔を出さないことにしましょう。機関は鶴屋家には直接的には関わらないというルールがあるので」 「そうか。じゃあ俺は週末にでもハルヒを連れて鶴屋さんに会ってくる」 「なんであたしが鶴ちゃんにお金を借りないといけないのよ」 「金が天から降ってくるとでも思ってるのか」 「銀行に借りればいいじゃないの」 「銀行は借りる必要がないことを証明してはじめて融資してくれるんだよ」 「は?」 「つまりな、銀行は支払能力があることを認定しないと貸してくれないんだ。俺たちには担保物件になりそうなものもないだろ」 ハルヒが実家を抵当に入れると言い出さないかハラハラした。 「妙なことになってるのね金融って。しょうがないわ。ただし、」 「ただし、なんだ」 「タイムマシン開発がうちの主力事業だということははっきりさせておくわよ」 いくら鶴屋さんが物好きでも、それを言い終わらないうちに断られるぞ。 「わははっ。さすがはハルにゃんだねっ。で、タイムマシンはいつ完成するんだい?」 だから言うなっていったのに。鶴屋さんに会うのは卒業式以来か。相変わらずあっけらかんとしていた。大学を出てから親父さんが経営する会社をいくつか任されているらしい。 「ええと、そっちは研究事業ということにして、ソフトウェア開発を主体に考えているんです」 「ほ~う。キョンくんそっちに詳しいんだ?」 「詳しいのは長門のほうでして、あいつが開発担当になる予定です。俺たちはもっぱら営業ですね」 俺は年度ごとの事業展開と収支の見込みをまとめた事業計画書(外様向け)を見せた。 「な~るほど。出資してもいいけど、ひとつだけ条件があるんだけどねっ」 「なんでしょうか」 「タイムマシンができたら、あたしを乗っけて江戸時代に連れてっておくれよ」 「そりゃもちろん」 まかり間違って完成するようなことがあったらですが。江戸時代って、まさか山に埋まっていたアレを調べに行くんじゃ。 「いやぁ、うちにはいろいろと謎の言い伝えがあるんっさ。それを調べに行きたいね」 これだけのお屋敷を数百年も維持している一族だ、いくつものミステリーが眠っているに違いない。 「それで、一億くらいあればいいかい?」 「……は?」 俺もハルヒも、目が点になった。 鶴屋さんが言うには、会社経営じゃ一億なんてあっという間に消えてしまうものなのらしい。 「消えていくお金をどれだけ回収できるか。そこが社長の手腕よ、あはははっ」 なるほど、肝に銘じておきます。というかハルヒ、しばらく鶴屋さんのところで修行させてもらえ。 とはいえまだ収入の見通しも立っていないので、初年度分の人件費と設備費を借りるだけにしておいた。資本金が一千万を超えないほうが税金が安いらしいからな。それに、ハルヒに大金を持たせたらえらいことになりそうだし。 俺たちは三回くらい畳に頭をこすりつけて礼を述べ、鶴屋さんちを後にした。 「キョン、早速事務所を借りに行くわよ。まずは足場を作らないとね」 そんな、ビルの建設現場みたいに。 翌日、俺は古泉と長門を呼び出して開業資金が調達できたことを伝えた。 「さすがは鶴屋さんです。本当の投資家というのは、あのような方のことを言うんですね」 ただ無謀なだけかもしれんが。 「社屋はやっぱり駅に近いほうがいいわよねぇ」 「僕の知り合いに不動産を扱っている人がいましてね。彼ならいい物件を知っているかもしれません」 知り合いって機関の連中か。古泉にこっそり尋ねてみた。 「ええまあ。不動産も営んでいますから」 「ゆりかごから棺桶まで何でも揃いそうだな、お前の機関」 「ええ、墓石もあります。お安くしておきます」 いや、冗談だから。 古泉の案内で空き事務所を見に行った。さして古くはない雑居ビルの四階だった。これが北口駅から徒歩三分という、絶好のロケーションにあった。偶然じゃないだろこれ。 「明るくて広いし、いい物件ですね」 「ここにしましょう!ドリームも近いし。集合場所にも近いわ」 この歳になって市内不思議パトロールはいいかげんやめてもらいたいもんだが。 月曜日、俺は今の職場に辞表を出した。友達と会社を作ることになったのでと言うと、上司が呆然と俺を見た。自分がクビになったら雇ってくれと涙ながらに頼まれたが、まだ俺自身が食っていけるかすらも分からないので考えておきますとだけ答えておいた。残りの一ヶ月は引継ぎだけだ。少し気分がいい。 ハルヒは欠勤プラス有給消化でさっさとやめてしまっていた。通常は一ヶ月の余裕を見て辞表を出すもんなんだが、とても待てなかったらしい。 「キョン、次の土曜日に事務所開きをするわよ。SOS団のハッピを作ってくれるところ、探しといて」 事務所開きって……まるで涼宮組じゃないか。家紋入りの提灯も必要か。 忙しい人ばかりにもかかわらず、週末にはいろんな知り合いが集まってくれた。出資者の鶴屋さん、機関の森さんに新川さん、多丸兄弟。喜緑さんも差し入れを持ってきてくれた。他にもハルヒの大学時代の友達やら、俺の前の会社の知り合いやらで賑わった。ちなみに今年高校三年になる妹もいた。 まだ長テーブルとパイプ椅子しかないがらんとしたフロアで、団員四人と鶴屋さんがSOS団オリジナルハッピを着て酒樽のフタを割った。ハルヒは上戸だった。酒は一生飲まないとか言ってなかったか、おい。 宴が終わる頃、ハルヒがぼそりと言った。 「みくるちゃんがいたら……巫女衣装で出てもらったのにね」 それから一ヵ月後。俺は元の職場を無事退社し、今日が株式会社SOS団の初出社だ。昨日、やっと登記が済んだ。ハルヒは待てずにひとりで出社している。これまた殊勝なことに、机やらパーテーションやら内装やら、肉体労働を全部自分でやったらしい。 出社第一日目となる今日、朝メシを食いながら新聞を開いて、目が飛び出るくらいに仰天した。覚えていると思う、十年前に俺とハルヒが東中のグラウンドに描いた謎の地上絵を。全面広告にアレが出ていたのだ。絵文字がでかでかと載っているだけで、何の宣伝ともどこの会社とも書いていない。でかい絵文字の下にちょこっとホームページのURLが書かれてあった。こ……このURL、SOS団のじゃないか。妙な焦燥感が俺を包んだ。なにかまずいことが起るとき、この感じに襲われる。これは緊急召集だ。 俺は携帯を取り上げた。 「古泉、今朝の新聞見たか」 「ええ、見ました。涼宮さんが広告を出したんですね」 「そんなのん気なこと言ってていいのか。これの意味知ってるよな」 「ええ知ってます。載せるならSOS団のエンブレムでもよかった気がしますが。会社登記が済んだのでその記念でしょう」 「記念って。URLが書いてあるってことは集客するためだろう」 「涼宮さんがウェブに長門さんの秘書システムの紹介を載せたみたいですよ」 「全然聞いてないぞ。いったいいつだ」 「三日くらい前だったかと」 全国紙の全面広告だ、それでも十分すぎるくらいに宣伝効果はある。これでもし問い合わせが殺到したら。 「古泉、急ぎ出社してくれ。緊急事態だ」 俺は食いかけたメシもそのままに玄関へ走った。 「キョンくん、ご飯くらいちゃんと食べて行かないとだめよ」 妹が呼びかける声がしたが、そんなことを気にかけてる場合じゃない。俺は自転車を飛ばした。車なんかに乗ってる余裕はなかった。道々、長門に電話して事情を伝え大至急出社するよう頼んだ。順風満帆で起業できたと思ったら、いきなりこの暴風雨か。 「やっほー!早いじゃないのキョン」 やっほーじゃないよまったく。初日から飛ばしてくれるぜ。 「今朝の広告、お前の仕業か」 「そうよ~。なかなか派手な初広告でしょ」 「新聞広告って締め切りは最低でも一ヶ月前だろう。どうやって頼んだんだ」 「さあ。ちょうどキャンセルが入ったらしいからタイミングよかったんじゃないの」 そのタイミングとやらはきっとお前自身が作り出したんだな。ハルヒが鼻歌を歌いながら、近所で買い漁ったらしい新聞の広告ページを壁に貼り付けていた。 「全国紙で全面広告って、お前掲載にいくら払ったんだ?」 「三千万くらい、かな」 さ……さんぜんま……。眩暈がした。俺たちの給料の何年分なんだ。うちの資本金を軽く超えてんじゃないかよ。 俺は時計を見た。まだ八時半だな。 「ハルヒ、あのな、全国紙ってことは軽く八百万人が見てるってことなんだ。仮にそのうちの一パーセントが興味を持って問い合わせてきたらどうなると思う?」 「電話が鳴るわね」 鳴るだけじゃないよまったく。 「殺到だ殺到!下手すりゃ一週間くらい電話対応に追われるぞ。電話だけじゃない、メールもパンクする」 「いいことじゃないの。こっちで客を選べるんだから」 分かってない、お前はなにも分かってない。俺は頭を抱えた。 「遅くなりました。おはようございます」古泉が顔を出した。 「……出社した」続けて長門も現れた。 初出社がこんなでなけりゃ、長門のフォーマルスーツ姿をじっくり眺めて心安らぐ余裕もあったのだろうが、それどころではなかった。 「お前ら、全員電話の前に座れ。今日一日電話対応だ。長門、事業内容と製品概要を軽くまとめて人数分プリントアウトしてくれ」 「……了解した」 長門にも意味が分かったようだ。手早く作業に取り掛かった。 「俺は燃料を調達してくる」 近所のコンビニに走った。食えなかった朝飯の分と、栄養ドリンク、のど飴、人数分のおにぎり、その他カロリーメイトなどなどを調達した。 俺は時計を見た。もうすぐ九時を回る。そして今日が、SOS団のいちばん長い日の始まりである。 「お電話ありがとうございます、株式会社SOS団です!」 「どうもお世話になっております、SOS団です」 「……SOS団の、電話」 九時十分ごろから五つあった電話が一斉に鳴り始めた。新聞とホームページを見た客からの問い合わせに、事業内容とかろうじてひとつだけある製品の説明を繰り返し繰り返し伝えた。終業時間が来る頃には全員ノドが枯れていた。 長門にはメール対応も頼んだ。形態素解析とかなんとかいうプログラム技術で、メールの本文を分析し内容に応じて自動返答する仕組みを作り、さくさくと処理していた。余談だが、ホームページのアクセスカウンタが桁が足りなくてとうとう壊れたらしい。かつてのハルヒ自作のSOS団エンブレムを上回る集客効果だ。 電話は六時を過ぎても鳴り止まない。しょうがないので就業時刻を終えたメッセージを入れた留守電に切り替えた。 当然ながらこの日、休み時間は一切なかった。午後七時、全員がぐったりと椅子によりかかっていた。ある者は机に突っ伏していた。メーカーのサポートセンターってきっとこんな感じなんだろうなぁとかぼんやりと妄想していた。 「ハルヒ……明日もこんな感じだぞきっと」 「悪かったわよ……」 「……緊急会議を提案する」長門がぼそりと言った。 ふだんから無口な長門に電話対応をさせたのは、ちょっとかわいそうだったが。イライラした客から上司を出せと何度も言われたらしい。 「会議?なにか議題あるのか」 「……受注数が予定で二十件を超えた。外注したほうがいい」 なるほど。長門は電話対応しながらまめに営業してたのか。 「二十件の注文が取れたの?すごいじゃない」 ハルヒが突然元気を取り戻した。 「……まだ、営業担当を訪問させる約束を取り付けただけ」 「それでもすごいわ、二階級特進して昇進よ!」 やれやれ、二階級特進が好きだな。ハルヒが腕章を取り出して副社長と書き込んだ。そのストックまだあったんだ。 「……拝命する」 長門は両手で腕章を受け取った。気のせいかもしれんが、嬉しそうだな。 「長門さん、昇進おめでとうございます」 古泉が拍手した。俺もしょうがなしに拍手した。そういえばハルヒと知り合ってからずっと、俺だけが腕章をもらってない気がする。いや別にいいんだが。 「外注っていっても、やってくれそうなところがあればいいが」 「……心当たりは、ある」 長門がスクと立ち上がった。 「って、これから行くのか?」 「……そう。来て」 いくらアウトソースといっても、アポくらいしていったほうがいいんじゃないだろうか。この時間だし。 ぞろぞろと三人で長門の後をついていった。エレベータに乗ったが、長門は三階のボタンを押した。 「このビルか?」 「……そう」 偶然にしちゃえらく近くにあったもんだな。俺たちの部屋があるちょうど真下に、IT関係っぽいカタカナの名前の会社があった。規模はそれほどでかくなさそうだが。 俺はドアの前でインターホンを押した。 「すいません、営業担当の方、いらっしゃいますか」 「どちらさまでしょうか?」 「上の階に事務所を構えている株式会社SOS団と申しますが」 そこでインターホンの向こうから咳き込む声が聞こえた。 「な、なんですって!?」 「突然で申し訳ありません。お仕事をお願いできないかとご相談に上がった次第なんですが」 「ちょ、ちょっとお待ちを」なぜか慌てている。 ドアが開いてわらわらと人が出てきた。 「な、なんでキミタチがこんなところにいるんだ!」 誰かと思えば。見覚えがあるどころか、忘れもしない。朝比奈さんとの強制セクハラ写真を撮られた挙句、パソコン一式、いやそれ以外にノートパソコンまで取られたあのコンピ研部長氏だった。あのときの部員が全員いる。 「あら、あんた。コンピ研の部長じゃないの。お隣さんだったのね」 「部長じゃないよ!社長だよ社長」 「奇遇ね。あたしも社長なのよねぇ」 これはどう考えても奇遇じゃないだろ。俺はちらりと長門を見た。長門は我関せずの顔を決め込んでいた。 数年ぶりのご対面がこんなだったが、いちおう客として応接に通してくれた。 「で、なにしに来たのキミたち」 「新聞広告出したら注文が殺到しちゃってさあ。うちの仕事手伝ってよ。報酬はそうね、あんたんとこが三でうちが七でどう?」 まるでありがたく仕事をくれてやる態度だな。俺たちがやったのは電話対応だけじゃないか。ぼったくりにもほどがある。 「残念だけど、僕たちもう廃業するんでね」 「えっ、そうなんですか」 俺は驚いた。この人なら技術も経営ノウハウも十分ありそうなのに。 「この業界って仕事の取り合いでなかなか難しいよ。最近は人件費が安い海外の企業に流れることが多いし」 生半可な気持ちではじめた俺らとはえらい違いだ。うちもうかうかしてはいられない、明日はわが身かもしれん。 「一年前に意気揚々とはじめた会社だったのに、残ったのは債務の山だけ。このパソコンも全部抵当なんだ」 部長氏は愛する機材をなでなでしながら大きくため息をついた。 「じゃあ、あたしがあんたたちを買い取るわ。企業買収って一度やってみたかったのよねぇ」 「おいハルヒ、そんな金どこにあるんだ」 「なんとかなるわよ。うちの実家を担保にしてもいいわ」 お前の親父さんが汗水たらして二十年間ローンを払いつづけてる一戸建てをか。いくら一人娘とはいえそれは酷なんじゃ。 部長氏を見ると難しい顔をして呆然としていた。これが沈みかかった船への救助なのか、あるいは地獄の日々がはじまる予兆なのか考えているようだった。 「もう、好きにしてくれ……」 「じゃあ、あんたにはシステム開発部部長の肩書きをあげるわね」 「なんでもいいよもう」 「担当副社長は有希だから、この子に任せるわ。あんたたち、有希のこと好きでしょ」 「ええっ、ほんとかい?」 「有希、こいつらの面倒みてくれるわよね?」 「……たまになら」 部長氏は願ったり叶ったりといった感じで手を打って喜んだ。まあ、コンピュータが分かる者同士、長門とならうまくやっていけるだろう。 部長氏の会社は看板が変わっただけで、今日付けでうちのシステム開発部に吸収合併された。株式会社SOS団はメンツも増え九人になった。いよいよ大所帯だな。 部長氏の負債だが、出資者の鶴屋さんに頼むほかなく、結局全額引き受けてもらうことになった。実家を担保にしなくてよかったな、ハルヒ。まあこれだけ受注が来てるんだ、全部掃けたら保守費も取れてうまい具合に回るだろう。副社長の長門は三階と四階のフロアを往復する毎日だった。大学院の授業もあるだろうにご苦労だ。俺も営業に回れるだけの知識を得るべく、しばらくは長門に教えてもらいながら勉強の日々だ。 文中の“涼宮ハルヒシミュレータ”は◆eHA9wZFEww氏による作です「涼宮ハルヒの常駐」 3章へ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3671.html
◇◇◇◇ 終業式の翌日、俺たちは孤島in古泉プランへ出発することになった。 とりあえずフェリーに乗って、途中で森さんと新川さんと合流し、クルーザーで孤島までGO。 全く問題はなく順調に目的地までたどり着くことが出来た。 あとは多丸兄弟を加えて、これでもかと言うほど昼は海水浴、夜は花火&肝試し、さらに二日目は何か変わったものがないか 島中の探索に出かけた。特に何も見つからなかったが、ハルヒはそれなりに楽しんだらしい。 あと、古泉たちによるでっち上げ殺人事件のサプライズイベントはなかった。まあハルヒは名探偵になりたいとか そんなことは全く考えていなかったからあえて用意しなかったのだろう。今のあいつは、みんなで遊べりゃそれで良いんだからな。 さてさて。 そんなこんなで孤島で過ごす最終日の夜を迎えていた。翌日の昼にはここを去ることになっている。 何事も無く終わってくれれば良かったんだが…… 「ぷっぱー! サイコー! ご飯は美味しいし、空気はきれいだし、毎日遊び放題! まさにここは楽園だわ!」 最後の夕食でハルヒは何度目になるかいちいち数える気にもならなくなる言葉を口にする。 確かにこの三日間はかなり楽しかったけどな。料理もオフクロのものとは違うが、高級料理というものを たっぷり食べることが出来た。 「みなさんに楽しんでいただければ、セッティングした僕としても幸いです」 古泉はにこやかな笑みを浮かべつつ箸を進めていた。一方で長門はやっぱり機械作業のごとく取る→食べるの動作を続けている。 朝比奈さんは小食っぽくゆっくりと味わって食べていた。 「お飲み物はまだまだありますので」 そう森さんが空になっているハルヒのコップにジュースを注ぐと、ハルヒは間髪入れずにそれを飲み干した。 もうちょっと味わって飲んだ方がいいんじゃないか? 勿体ない。 食事後、全員が自分の部屋へと戻っていく。中々満喫できた孤島ぐらしも今日で終わりか。荷物の整理とか考えると、 今日はとっとと寝て明日はその片づけで精一杯だろうしな。ハルヒは何かおみやげあたりをあさりそうな気がするが。 だが、そろそろ就寝時間が近づき、ベッドに腰掛けたタイミングで―― カチャ。唐突に俺の部屋の扉がゆっくりと開かれる。あまりに突然だったため、俺はぎょっとしてしまうが、 すぐに現れたハルヒの姿に安堵した。なんだ一体。夜ばいなら時間はまだ早いし、お前にやられてもちっとも嬉しくないぞ。 「そんなばかげたことを言っている場合じゃない……!」 ハルヒは緊迫感を込めつつも小声という器用な口調で言いつつ、音を立てないようドアをゆっくりと閉める。 様子がおかしい。何かあったのか? 俺は立ち上がってハルヒの元に駆け寄る。 「敵よ」 ハルヒが言った言葉に俺の全身が凍った。冷や汗が体外ではなく血管内に出たかのように、全身に嫌な悪寒が広がっていく。 敵? 敵だって? この期に及んで一体なんだってんだ。 すぐにハルヒは苛立ちを見せながら、俺の寝ていたベッドに腰掛ける。そして、すぐにいつぞや見た空中モニターみたいなものを 表示し始めた。 「おい、すぐ近くに長門がいるのに――」 「ばれない程度にやっているわよ。そんなことを気にしている暇があったら、ほら見てみなさい」 そのモニターをのぞき込むと、夜間の海上を一隻のクルーザーが猛スピードで走っている。別のモニターには 物々しい特殊部隊風の格好をした連中が多数映し出されていた。なんだこりゃ、まるで上陸作戦に備える軍隊みたいじゃないか。 「みたいじゃなくてそうだと考えた方がいいわね。一直線にここに向かってきているわ」 険しい顔でハルヒ。どうすればいいのか考えているのか、そわそわと両手の指を重ねてほじくるような動作をしている。 持っている自動小銃や物々しい装備品を見る限り、古泉が仕組んだサプライズイベントの可能性はゼロと考えて良いだろう。 そうだったら、あいつとは二度と口をきいてやらん。冗談にもほどがあるからな。 「狙いは……どうみてもあたしでしょうね。機関の危ない連中なのか、それとも別の組織かはわからないけど、 見たところ現代人間。未来人やインターフェースの可能性はない。連中ならこんなまどろっこしい手はつかわないし」 「上陸するまであと何分ぐらいなんだ?」 「およそ10分」 ハルヒの言葉に絶望感を憶えた。10分だと。たったそれだけで何をしろというのか。せめてもうちょっとあれば、 古泉たちに話して機関側で対処してもらうことも―― 「できないわよ。どうやってその情報を知ったのか、どう答えるつもり?」 ハルヒの突っ込みに俺は言葉を失う。確かにその通りだ。機関で気が付いていないことを俺が知っていたらおかしい。 長門が気がついてそれを機関に報告してという流れが理想だが、 「有希はまだ気が付いていないみたい。でもこれは幸いよ。有希が気が付いたら、あたしが動けなくなるから」 「長門がそんな連中全部ぶっ潰してくれるかもしれないだろ」 「どうかしら。有希はあたしの観察が目的よ。襲ってきたのが情報統合思念体の急進派とかなら対処するでしょうけど、 今来ているのはただの武装した人間。相手にしてくれるかどうか……」 確かにそうだ。長門自身はどう思うかわからないが、親玉はそういった人間同士の抗争を含めて観察している可能性が高い。 つまりここで武装した連中と例え銃撃戦が始まっても、それはただの観察対象扱いされるかも知れないのだ。 さらにハルヒは追い打ちをかけることを言ってきた。 「あと機関も頼れないわ。確認したけど、この館には武器の一つも置いていない。元々襲撃される可能性なんて 考えていないんだから当然よね。せいぜい逃げ回ることしかできない。その間に誰かが傷つくわ」 「だが、逃げ回っている間に機関の本部とかに連絡して援軍を寄越してもらえばいいだろ。そうすりゃ、反撃だって出来るし、 救出もしてくれるはずだ」 「忘れたの? 機関はその存在をあたしに知られるわけにはいかないのよ? 一緒に逃げ回りながら、どうやって その正体を隠すつもりよ。あたしがすっとぼけることはできても、今度は不自然すぎて逆に怪しまれることになるわ」 ええい、そうだった。機関にとってハルヒにその存在を知られるわけにはいかないのだ。例えここで武器を持っていて、 上陸してくる連中を撃退できたとして、当然ハルヒもその光景を見るわけだからどうやっても言い訳のしようがなくなる。 言い訳ができても、ハルヒがそれを飲んだらそれはそれでおかしな話になる。完全な八方塞がりだ。 後は未来人に託するしかないが……それもどうだろうか。やれるならとっくにやっているんじゃないか? ん、ちょっと待てよ? 「みくるちゃんの――ええと、でっかいみくるちゃんだっけ?が言っていたやつってこのことじゃないの?」 俺の心を読んだかのように、ハルヒが先に言ってしまった。 朝比奈さん(大)は起こればすぐにわかると言っていた。これ以上わかりやすい危機的状況なんてそうそう無いだろう。 そうなると、このことに未来人は関与しない。理由は知らんが、解決できるのは俺とハルヒだけと朝比奈さん(大)が 言ったんだから間違いない。 ならば現状でできることはなんだ? 俺の脳細胞をフル活用した結論は―― 「つまり、この別荘の中にいる人間――それも宇宙人・未来人・超能力者に気がつかれることなく、襲ってきた連中を 俺とハルヒで全部撃退し、あまつさえ襲撃者から撃退された理由に関わる記憶を削除すればいいってことか?」 「そうよ。それしか破綻を回避する方法はないわ」 あっけらかんと答えるハルヒだが、無茶苦茶だろ。確かに超能力者オンリーの世界では、ハルヒは襲ってきた機関主流派の 特殊部隊を全部撃退した実績があるから可能かも知れん。だが、今回はこの別荘内の人間に知られない・相手の記憶を改竄するという 二つの要素が加わる。いくらハルヒが凄い奴とは言っても、こんなことは長門や朝倉レベルじゃなければできっこない。 知られないという点だけでも、一発でも発砲されれば銃声音が別荘内に響き渡り騒ぎになるはずだ。その時点で失敗である。 朝比奈さん(大)。いくら俺たち次第だからと言われても、これは難易度が高すぎます。しかし、これを突破しなければ、 ここでこの世界は最悪リセットにせざるを得なくなるかも知れない。数ヶ月かけて積み重ねたものがぶっ壊されるのは最悪だ。 「無茶でも何でもやるしかないのよ……!」 ハルヒの言葉には怒気がこもっていた。さっきまで幸せ満喫状態だったのを、突然の乱入者によって テーブルをひっくり返されそうになっているんだから――いや、もうひっくり返されたんだから、怒って当たり前だ。 だが、どうすりゃいいんだ? とてもじゃないが有効策なんて思いつかないぞ。 と、ここでハルヒは俺の方に振り向き、 「あたしは外に出る。部屋には念のため自分のダミーを置いておくわ。ベッドで寝かせておくから見た目には わからないはずよ。鍵もかけてあるし。そして、あんたにはやって欲しいことがある……」 ハルヒからの頼み。それはとんでもないことだった。 ◇◇◇◇ 俺はハルヒを見届けた後、長門の部屋をノックしていた。時間的に見て、もう敵は上陸したころだろう。 今頃こっちに向かう準備を進めているに違いない。時期にハルヒが撃退行動が始まる。俺に与えられた使命の タイムリミットはそこまでだ。 ほどなくして、 「誰?」 「俺だ。すまんが、緊急の用事なんだ。部屋に入れてくれないか?」 そう答えると、ゆっくりと部屋の扉が開かれていく。中には寝間着に着替えた長門の姿があった。 俺はそそくさと中に入り、扉を閉める。さて、ここからが勝負だ。 「何か用?」 長門はいつもの液体ヘリウムのような瞳でこっちを見ている。俺はその前に立ち、 「頼みがある。お前にしか頼めない重要なことなんだ。聞いてくれるか?」 「内容を」 俺は一旦言葉を再整理してから、 「この別荘を5時間だけ外部とは完全に隔離して欲しい。外で何が起きても中からではわからないようにだ。できるか?」 「可能。しかし、理由が不明」 やっぱり聞くよな、理由は。だが、はっきり言おう。俺には適切な言い訳が思いつかなかった。むしろ、取り繕えば繕うほど 矛盾や穴が広がり訳がわからなくなる。そんなことをするぐらいなら、いっそのこと―― 「理由は……聞かないで欲しい」 「なぜ」 「言えないからだ。どうしても」 我ながら無茶を言っていると思う。相手にお願いしておいて理由は聞くな。自分が言われたら絶対に納得しないだろう。 だが、それしか方法がないんだ。この最悪な状況を乗り越えるには、ハルヒが撃退し、長門が自分とその他の耳を完全に閉じる。 ハルヒは5時間以内――つまり夜明けまでに全て片づけると言っていた。それで万事解決する。 俺は長門の肩をつかみ、 「お願いだ。無理を言っているのは百も承知だし、お前がこれで怒るっていうのなら怒ってくれてもいい。 こんなことは今回限りにするつもりだ」 「しかし……」 「最終的に決めるのは長門だから判断は任せる。俺は頼むことしかできないんだから。他の誰でもない、お前自身が判断してくれ。 イエスでもノーでも俺はそれを受け入れる」 「…………」 長門は何も答えない。ダメか、やっぱり無謀だったか…… ふと長門が俺に一歩近づいてきた。そして、言った。 「答えられる範囲で良いから教えて。それはなぜ?」 その質問に、俺は自分でも信じられないくらいに自然と口から出た。 「……俺たちの今を守るためだ」 長門はその答えに、少しだけ発散させている感情のオーラを変化させたのを感じた。 今を守る。SOS団を守る。俺の世界でもこの世界でも、俺はそれを守りたい。それはどこまでも純粋で心の底からの願いだ。 ………… ………… ………… しばらく続いた沈黙の後、長門はゆっくりと歩き部屋の隅にある椅子に座った。 そして、ぽつりと言う。 「わかった。情報統合思念体への申請は適切にわたしの方で調整する」 その言葉を聞いたとたんに、俺は大きく飛び跳ねそうになってしまった。スマン長門、本当に恩に着る。 この埋め合わせはいつか必ずするからな。 ふと、俺は思いつき、 「この別荘を外部から隔離するまで30秒時間をくれ。俺が外に出れなくなっちまうからな」 「わかった。30秒後にここを隔離する」 長門の言葉を聞いた後、俺は別荘の外へと飛び出した。 俺が別荘から飛び出し、富士山8合目の登山コースのような道を駆け下りる。 程なくして、孤島の海岸側で発砲音が鳴り響き始めた。最初は散発的だったが、やがて乱射するような激しいものへと変わっていく。 俺は半分ぐらいまで下り坂を下りると、適当な岩陰に身を潜めて戦闘が始まっている海岸の方の様子をうかがった。 満月までは行かないものの、ほどほどに大きい月の明かりが上陸してきた連中が動き回っているのがわかる。 あの調子だとハルヒは別荘が外部から遮断されたことを把握しているのだろう。そうなるともう俺はここで様子を見るしかない。 ふと思う。あれだけ派手なドンパチが始まっていて、現代レベルの機関はさておき、よく情報統合思念体や未来人は気がつかないな。 情報統合思念体の方は長門が何か細工してくれているからかも知れないが、やはり未来人が手を付けない理由がわからない。 時間遡行でも何でもして対処すればいいだけの話だろうに。この時が分岐点になるほどの重要な場所だとわかっているなら、 ここに飛んできて何が起こったのか確認しつつ、対応策を講じれば―― ここで俺ははっと気がついた。朝比奈さん(大)はハルヒが力を自覚していることは知らない。つまり彼女の言う既定事項には ハルヒの能力自覚バレはどこにも存在していないことになる。そうなると、今俺の目の前で起きていることを 未来人たちは知ってはならない。つまり、ここで何が起きているのか知らないままでいることが、既定事項なのだ。 俺はずっと既定事項はこなす=何かをすると捉えていたが、逆にあえて何もしない、知らないというもの十分にあり得る。 謎は謎のままに。知らなくても良いことがある。この孤島の一件はそういうことで処理されているのだろう。 俺はそんなことを考えながら、じっと続く激戦を見守っていた。 数時間が経過した頃だろうか、銃声音はすっかり収まり波の音だけ聞こえる静寂に辺りが支配されていた。 ほどなくして一つの人影がこっちに登ってくるのが見える。最初はわからなかったが、近づいて来るに連れ、 その姿が鮮明になりハルヒであることがわかった。かなり疲労しているのかふらついた足で歩いている。 俺はそれを見て飛び出す。 「大丈夫か、おい!」 「……さすがに疲れたわね……」 そうハルヒはつぶやくと、俺の胸に身体を預けるように倒れ込んだ。見たところ、服が汚れはしているものの、 どこにも怪我はなさそうだ。今まで散々くぐってきた修羅場は伊達じゃないってことか。 「……ちゃんと……有希は説得……できたんでしょうね……」 「ああ、そっちは大丈夫だ。あいつが嘘をつくわけがないからな。きっと上手くやってくれているよ」 「そうよかった……」 それを確認して安心したのか、ハルヒは膝から崩れ落ちそうになった。あわてて俺はそれをキャッチし、抱きかかえてやる。 相当の疲労があるのだろうな。 「とりあえず寝て良いぞ。後は俺が責任を持ってお前の部屋まで連れて行くから。ああ、そうだ。部屋に置いてあるダミーとやらは どうすればいいのかだけ教えてくれ」 「あたしが部屋に入れば勝手に消えるようにしているから大丈夫よ……」 もうハルヒは半分眠りに入ろうとしていた。 ふと、ハルヒは目を少し大きく開けて、 「みんなはあたしが守る……SOS団はあたしが……守る……だからずっと一緒……」 そう言い終えると、ハルヒは落ちるように目を閉じて眠り始めた。 その時のハルヒは――なんだろう。どういうわけだか、とても孤独に見えた。なぜだかわからないが。 ◇◇◇◇ 翌日の朝。俺は別荘の隔離が解除された後にこっそりとハルヒを部屋に戻し、俺も自室に戻っていた。 正直、徹夜になってしまったためかなり眠いんだが、ベッドに篭もるわけにもいかない。俺の役目はまだ残っているからな。 ぼちぼち始まる騒ぎをそれとなく収拾しておくというものが。 朝日が水平線から完全に上がった辺りで、俺の部屋に来客がやってきた。寝起きのふりをしつつ、ドアを開けると 厳しい顔をした古泉の姿があった。 「すいませんが、少々ご同行願えますか?」 俺が連れられていったのは、孤島の海岸だった。そこには昨日のハルヒの激闘で全員ノックアウトされた武装した人間の山が 築かれている。これだけ見ると異様な光景だな。見たところ、全員気を失っているだけで死んではいなさそうだが。 「昨日の夜、何かあった憶えはありますか?」 「いや、少なくともこんな連中と戦った憶えはねえよ。というか、こいつら一体何者だ」 古泉の問いかけに、俺は本当のことだけを伝える。実際に俺は戦っていないし、こいつらが何者かも知らないしな。 俺たちの脇では森さん・新川さん・多丸兄弟がロープを使って武装兵たちを一人ずつ縛り上げていた。 目でも覚まされたら面倒だから予防措置だろう。 古泉は俺から投げ返された質問に対して、 「機関の人間ではありません。恐らく外部の涼宮さんを狙った組織のもの――あるいはその傭兵かも知れませんね。 この件については完全に機関側の失態です。これだけの規模で活動できる敵対組織を見逃していたんですから。 ここで襲撃される可能性は全く想定していなかったため、一歩間違えれば大惨事の恐れもあった。謝罪します、すみません」 「……よくわからんが、こんな物騒な連中を取り締まれるならよろしく頼むぜ。次はこうはいかないかも知れないからな」 「ええ、先ほど機関に連絡してこの者たちをヘリで回収する手はずになっています。最終的には大元の組織までたどり着けるでしょう。 機関としましては二度とこのような暴挙が出来ないように厳正な対処を実施することをお約束します」 古泉は真剣な表情を崩さない。何だか血なまぐさい話になってきそうだから、これ以上は聞かないでおこう。 人間知らない方がいいことはたくさんあるからな。 「しかし、一体ここで何があったのでしょうか? 長門さんに聞いたところ、このようなものについては全く知らないと 言っていましたし、涼宮さんと朝比奈さんはぐっすり眠っています。何かやったとはとても思えません。 ですが、確実に言えることはこの者たちを倒した存在がいるということです」 「…………」 俺はしばらく黙ったまま森さんたちの拘束作業を見ていたが、 「ハルヒが寝ていたのは確認したんだな?」 「ええ。失礼ながら合い鍵で中を確認させてもらいましたが、幸せそうな笑顔で眠っていましたよ」 「閉鎖空間とかは発生していないのか?」 「それもしていません」 それだけつじつま合わせのように古泉への確認し終えると、 「あくまでも俺の推測になるが、こういうのはどうだ? やったのはハルヒだったという話だが」 「……詳しく聞かせて欲しいですね」 俺は一旦深呼吸し、昨日眠らずに自室でずっと練習していた内容を話し始める。 「ハルヒはこの三日間バカみたいに楽しんでいたわけだ。で、昨日の夜も同じように幸せな気分のまま眠りについた。 ところがどっこいそれをぶちこわすかのような連中が突然やって来た。ハルヒは恐ろしく勘の鋭い奴だからな、 眠ったままでもそいつらに気がついた。しかし、あくまでも夢の中にいたままだったから、そこでこいつらをボコボコにした。 一方でお前たちの言うハルヒの神パワーの影響で現実のこいつらが同時にボコボコにされた。こんなのならどうだ?」 俺の妄想100%の話に、古泉はしばらく目を丸くしていたが、やがてくくっと苦笑すると、 「なるほど。完全に推測だけの話ですが、涼宮さんの力とあの鋭い勘が組み合わせれば確かにあり得ないとは言い切れませんね。 実際にこの島で現在これだけの戦力を撃退できる力を持っているのは長門さんを除けば、涼宮さんだけですから。 まあ、あとは機関に拘束後じっくりと真相についてこの者たちから聞き出すことにしますよ」 古泉には悪いが、ハルヒはこいつらから当時の記憶を一切合切削除しているから、何も聞き出せないぞ。ま、後の処置は任せるが。 そんな話をしている間に、恐らく機関が手配したものだろう数機のヘリコプターが水平線の向こうから飛んでくるのが見えた。 その日の昼、ようやく目を覚ましたハルヒとともに孤島を後にした。 フェリーで帰路の途中、ハルヒが俺の話の補強をしてくれるように、夢の中で悪の組織をギッタギッタにしたという話を 延々と朝比奈さんと古泉に語る中、俺はすっと長門のそばにより、 「昨日の夜はありがとうな」 「お礼ならいい。現状維持で涼宮ハルヒの観測を続けるのがわたしの仕事」 長門の言葉に、どうやら問題は発生していなさそうだとほっと安堵した。情報統合思念体へのごまかし工作はうまくいったようだ。 朝比奈さん(大)。どうやら一つはクリアしましたよ。 あとは、残る一つ――恐らく冬のあの事件か。それも何とかしてやるさ、必ずな。 ――だがこの一件はちょっとした尾を引いていたようだ。 ◇◇◇◇ 孤島から帰った後、俺たちSOS団は毎日とまで行かないが、ちょくちょく顔を合わせていた。やることと言えば、 セミ取りとか鶴屋山登りとか孤島への旅行ほどのものではなく、日帰りツアー程度だったが。 しかし、お盆周辺には俺は家族で実家に帰るので、数日間の空白が発生した。 んで、昨日帰ってきたばかりなわけで、俺はガンガンにクーラーを効かせた部屋で甲子園をぼーっと見ていた。 ハルヒに帰ってきたぐらいの連絡をしておこうかと思ったが、まあほっといてもあいつなら勘づいて呼び出しのコールを してくるだろ。できるなら、今日は帰省帰り疲れを取ることに専念したいところだ。 が、やっぱりハルヒはそんなに甘くない。スターリングラードで的確にドイツ軍の急所を狙ったソ連軍スナイパーのごとく、 突然俺の携帯電話が鳴り響いた。やれやれ、言ったそばからとか噂をすれば影とはよく言ったものだ。 『何よ、家に戻ったのならちゃんと連絡しなさいよね』 「ああすまん。昨日帰ったばかりだったから忘れていたんだよ」 『まあいいわ。あんたも帰ってきたからSOS団の活動を再開するわよ。そんわけで午後二時ジャストに駅前に集合ね。 自転車持参でお金も持ってくること。オーバー♪』 そう一方的すぎる電話内容で終わる。全く本当に思い立ったが吉日という言葉がお似合いの奴だ。 ……ん? 何か……違和感が…… 俺は微妙な引っかかりを頭に抱えたまま、とりあえず迫る集合時間に合わせて、俺は出かける準備を始めた。 その日は集合後に市民プールへと足を運んだ。 やったことと言えば、自転車違法三人乗りで俺の身体が悲鳴を上げたり、人で溢れかえったプールで競争したり、 朝比奈さんの超極上サンドイッチをほおばらしてもらったりと、まあそれなりに充実させてもらった。 しかし、残り少ない夏休みを完全に骨までしゃぶり尽くす気満々のハルヒはそれで収まるわけがない。 集合した喫茶店でハルヒが突きつけてきたA4ノートの紙切れには、 『夏休み中にしなきゃならないこと』 ・夏期合宿(×) ・プール(×) ・盆踊り ・花火大会 ・バイト ・天体観測 ・バッティング練習 ・昆虫採集(△ セミ取りだけだから) ・肝試し ・他随時募集 ……なんか似たようなのをウチの団長様も言っていたな。考えることはやっぱり一緒か。 残り二週間でこれを全部こなすつもりかよ。中々ハードスケジュールだぞ。俺の夏休みの課題も終わっていないというのに。 そういや俺の世界ではこの二週間を15498回繰り返したんだっけ。当時は長門に聞かされて仰天したもんだ。 一方で、ここにいるハルヒがそんなことをするわけがないので安心してこれらのイベントに没頭できる。 力を自覚している以上、そんなことをしでかす理由がない。古泉が妙な素振りを見せないのが良い証拠だ―― ふと、俺はハルヒが夏休みの過ごし方を延々と演説している中、気がついた。長門の様子がどことなくおかしい気がする。 前回のように文芸部ですっかり人間らしくなった長門に比べると、まだまだ無表情インターフェース状態だったが、 それでも発している感情オーラが徐々に異なってきていることには気がついていた。 その長門の様子がどうもおかしい。俺にはそう思える。 今後の夏休みの予定を確認し終えて、今日は解散と全員がばらばらに帰路につくときに聞いてみることにした。 「おい長門」 「…………」 俺の呼びかけに、無言で振り返る長門。俺はどういって良いのか少し考えてから、 「いや……特に何でもないんだが、最近はどうだ? 元気か?」 「元気。問題ない」 長門は少しだけ頷いて答えた。しかし、やはりその表情は何かいつもと違う――俺が里帰りに行く前に会ったときとは 大きく異なっているように感じた。何というか……うんざりしているように見受けられる。 この時、俺ははっと思い出した。15498回繰り返したあの夏の日、当時も俺は長門に同様のことを感じていた。 そうなると今もひょっとしてループしているのか? そんなバカな。ハルヒが意図的にそんなことをやって何の意味があるんだ。 聞いたところで何いってんのバカ、と一蹴されて終わるだけだろう。 「そうか。ならいいんだ」 そう告げると、長門は帰宅への足を再開させていった。 俺は何となく――ハルヒを信用していないわけではなかったが、何となくすでに姿を消していた古泉に携帯をつなげてみる。 『あなたからの電話とは珍しいですね。何でしょうか。何ならさっきの喫茶店まで戻りますよ』 「いや電話で構わん。一つ聞きたいことがある」 『なんでしょうか』 「今日のプールでの出来事だが、何というか既視感みたいなものを感じなかったか? 以前に同じようなことをしたようなって」 ……古泉は恐らく考えているのだろう、しばしの沈黙を続けた後、 『いえ全くありません。僕の頭では子供の頃にプールではしゃいで遊んだ懐かしい記憶が蘇る程度です。 もちろん、時間も場所も何もかも違うので既視感には当たりません』 「……そうか」 あのエンドレスサマーでは、俺と同時に古泉や朝比奈さんも異変を察知していた。万一、それと同じ事態が今も起きているのなら、 とっくに勘づいているはずだろう。 古泉は俺の様子がおかしいのを悟ったのか、 『何か不安ごとや異変があるのでしょうか? そうであるなら、いつでも相談に乗りますよ』 「いやいい。何でもない――ただ遊びすぎて少々疲れが出ているだけみたいだ」 俺はそこでありがとなと電話を切る。大丈夫だ。ループなんて起きていない、ハルヒが起こすわけがない…… だが、頭の中に引っかかるものはなんだ? なんなんだ。 それからの二週間は怒濤の勢い出過ぎていった。 浴衣を買って。 盆踊りに行って。 縁日で遊んで。 花火をぶっ放しまくって。 昆虫採集でセミやその他諸々をキャッチアンドリリースして。 スーパーで着ぐるみバイトに専念して。 長門のマンションの屋上で天体観測をして。 バッティングセンターで来年の野球大会優勝を目指して練習に励んで。 花火大会へ行きハルヒが大はしゃぎして。 ハゼ釣り大会にも参加して―― まさに充実した毎日だった。思わず夏休みの課題なんかどこかにすっ飛んだほどだ。 とはいえ、二学期早々課題の白紙提出なんていうマネをしでかしたら、せっかくの夏休みの充実気分が、エベレストからマリアナ海溝最深部の さらに海底クレバスまで一気に落ちる気分が味わえること確定なので、ハルヒの予定表に俺の課題という項目を追加しておいた。 結果、夏休みの終了二日前は長門の家で、課題完了ツアーに突入した。本来なら自分の家でやりたかったが、妹がミヨキチを連れて 遊ぶということだったので、追い出されてしまったのだ。 そんなこんなで白紙の俺の課題が終わるのはすっかり夜が更けた頃になっていた。 「はーい完了!」 「終わったぁぁぁぁ!」 俺はハルヒの言葉とともに万歳ポーズを取ってしまう。全く人生最大の困難な日だったぜ。 SOS団のみなが拍手で俺を歓迎してくれる。ありがとうみんな……助かった、本当に恩に着る。 ――って、何を感傷に浸っているんだ俺は。それどころではないというのに。 この二週間、俺は散々あの既視感に悩まされ続けた。しかし、それは俺だけで朝比奈さんも古泉も全くそんな素振りは見せていない。 一方で長門は微妙にうんざりした雰囲気を放出していた。最初はただの気のせいかと思っていたが、今では俺にはどうしても何かが 起こっているとしか思えなくなっている。よくよく考えてみれば、俺の世界に捕らわれすぎていてハルヒのエンドレスサマーしか 思いつかなかったが、実は別の宇宙人の仕業とかそういう可能性も十分にあるんだ。ハルヒすら気がつかずに それが密かに続けられていたのなら、かなりまずいことになる。 そんなわけでハルヒがSOS団夏休み活動終了を宣言し解散となった後、俺は長門の部屋に密かにお邪魔することにした。 ハルヒに相談することも考えたが、相手が未知の宇宙人だったら長門の方が事態を把握しているだろうからな。 「よう、すまんがちょっといいか?」 『……入って』 長門は待ちかまえていたように、俺を自室へと導く。相変わらず何もない殺風景な部屋の中心に俺と長門は座って対峙した。 さてどう切りかけるか。 俺は正座したまま微動だにしない長門に視線を合わせ、 「単刀直入に聞くぞ。今おかしなことが起きている。これでいいんだな?」 「そう」 「ならそれは何だ? やっぱ――いや、ひょっとして夏休みが終わらずに延々と続いている状態か?」 「…………」 この問いかけに長門はただ無言でこくりと頷いた。そして続けて、 「現在、この限定された時間領域は隔離状態に置かれている。日数は8月17日から31日まで。31日が終了した時点で 時間軸上に存在している全てが17日時点の状態に戻される」 「つまりハルヒや朝比奈さん、古泉は31日が終わった時点で完全にリセット状態になって、 そうなっていることに気がついていないってことか? だが、何で俺とお前だけはそれに気がついたんだ?」 「わたしは涼宮ハルヒの観測に必要なため、そのループ状態に巻き込まれないように対処している。 あなたが微弱ながらなぜ繰り返されていることについての記憶の残滓があるのかは不明。解析不能な事象。ただ――」 長門は一拍置いて、透き通った視線で俺の瞳の奥まで見通し、 「涼宮ハルヒがあなたに何かを訴えかけている可能性が推測できる」 なるほどね。ハルヒが――ってちょっと待て! これをやらかしているのはハルヒだって言うのか? 長門はこくりと頷いて答えた。 バカな。そんなわけがない。ウチの団長様だったら登校拒否みたいな理由でやらかす可能性は大いにあるが、 散々言ったがここにいるハルヒがそれをする意味がどこにあるというのだ。逆に自分の能力自覚がばれる可能性があがるだけだぞ。 思わずそう反論したくなるが、できなかった。ハルヒが自覚していないという前提で話している以上、 ここで俺はそれもありうるかと反応すべきなんだからな。ええい、鬱陶しいことこの上ない。 しかし、逆に犯人がハルヒなら対処方法は簡単だ。直接言って止めさせればいいからな。それでそんなふざけたループ状態も終わりだ。 と、ここで長門が口を開き、 「ループは現在9913回続いている。そのパターンは決して一定ではないが、たった一つだけ全て共通している部分がある。 それはわたしの確認した限り涼宮ハルヒは必ず31日が終わる直前に文芸部室にいるということ」 文芸部室だと? あいつ夏休みの終わる前に何でそんなところにいるんだ? しかし、今回も9913回もやっていたのかよ。そりゃ俺の頭のどこかに繰り返した分の記憶のカスが残っていてもおかしくないな。 でも、どうして朝比奈さんや古泉は気がつかないんだ。俺の世界の時以上に完全な記憶抹消を受けているんだろうか。 長門はさらに続けて、 「この状況になってあなたがわたしに相談を持ちかけたのは初めて。そして、31日終了直前にあなたが涼宮ハルヒとともにいる パターンは一度も存在していない。ならば、それがループ解消の鍵となる可能性がある」 つまり明日の夜、俺に部室へ行けってことか。ハルヒが意味もなく、そこにいるとは思えない。恐らくそこで起きる何かが 原因となってループとなっているのだろう。ひょっとしたらハルヒ自身もループしていることに気がついていないかもしれないが。 とりあえず、やるべきことはわかった。エンドレスサマー再びの決着はそこでつけることにしよう。 「ありがとな、長門。あとはどうやら俺の仕事みたいだから何とかするよ」 そう言いながら俺は立ち去ろうとして―― 「待って」 突然長門から呼び止められる。まだ何かあるのか? 俺は振り返り、 「何だ?」 「聞きたいことがある」 長門の発している雰囲気はいつもとはまた異なったものだった。 続ける。 「涼宮ハルヒは時折わたしに対して解析不能な感情を見せてくるときがある。ただじっと見ているだけだが、 その行為はわたしに何かを訴えかけているように思えた。それがなんなのか、あなたがわかるなら教えて欲しい。 それはわたしに酷くエラーを発生させるものだから、早い段階での解消が必要と判断している」 その言葉に、俺はすぐにそれがなんなのかわかった。 すっと長門の前にしゃがみ、 「それはな、長門がどこかにいっちまったり消えたりしないかって不安になっているんだよ。お前だけじゃないさ。 きっと朝比奈さんや古泉にもそれは向けられている。誰一人として失いたくない。それがあいつの本心からの願いだ。 それは俺も同じだけどな」 「わたしにここにいて欲しい……」 長門は復唱するようにつぶやく。 ああそうだ。前回の世界みたいに、自分で歩むと決めた結果、結局離ればなれなんて最悪だからな。 俺は長門の肩をつかむと、 「9000回以上も同じループを体験させられて辛いのはわかっている。でも一人でそれを抱える必要なんて無いぞ。 役目とかそんなことはどうでもいい、いつだって俺とハルヒはお前の相談に乗るからな。だから、ハルヒのそばにいてやってくれ。 今はそれ以上は望んでいないから」 その俺の言葉に、長門はいつも以上に大きく頷いた。 ◇◇◇◇ 夏休み最終日の夜、俺は旧館の文芸部室へとやってきた。入り口の鍵は開けっ放しになっていることから、 すでにハルヒがこっそりと侵入しているみたいだった。 「よう」 部室に入ると私服姿のハルヒがだらんと団長席に突っ伏していたが、俺の姿を見るやぎょっとして立ち上がり、 「キョン!? 何であんたここに!?」 「……原因はお前が一番わかっているんじゃないか?」 俺の言葉に、ハルヒはしばらく呆然としていた。 ほどなくして額に手を当てて、ため息を吐き、 「そっか……やっぱりあたしが繰り返していたのね。夏休み」 そう脱力するように部室の壁に背を付けた。やっぱり自分でも気がついていなかったのか? 俺はハルヒの前まで行き、 「事情はよくわからんが、まずいのは確かだ。何でこんなことをやっているのか、お前自身がわからないと解決のしようがねえ。 不安なことでもあるのか?」 「……理由なんてとっくにわかっているわよ」 あっさりとハルヒは言った。なに? どういうことだ。 ハルヒは続ける。 「この二週間は凄く楽しかった、何にも考えることなく、ただ遊びに夢中になれた。こんな状況がいつまでも続けばいいって……」 「それでループさせていたのか。この二週間を」 「良いことだとは思っていないわ。でも……ダメなのよ! どうしても自分で自分が拒否できないの!」 次第にテンションが上がってきたのか、ハルヒの口調が強くなっていく。 俺はそれをただ黙って聞いていることしかできない。全くこんな時に気を利かせられない俺自身に憂鬱だ。 「ずっと前から、あたしはみんなと完全に一緒になれないって思っていた。孤島の時も、結局あたしだけがみんなとは違う場所で 戦っていて、まるで有希やみくるちゃん、古泉くんとの間に分厚い壁があるみたいに感じた。あたしだけが違うのよ! こうやって能力を自覚しているってことを隠し続ける間はどうしてもみんなが遠く感じられる。あたしが必死に近づいても、 ちょっとああいう孤島の事件みたいなのが起これば、一気に距離が遠くなる気がしてたまらない!」 あの時感じたハルヒの孤独。そうか、みんなと遊んでいればいいと思いつつも、隠さなければならないことが多すぎて どこか距離感を感じてしまう。当然のことだろう。俺だって、あいつらと触れるたびに微妙な距離感を保つ必要に 迫られ続けているからな。 「このままだとずっと一緒になれない……でも、この二週間は大きな問題とか発生しなくて、また距離を縮められた気がする。 でも、時間が経てばまた変な問題が発生して遠くなっちゃう。それにあんたの言っていた冬の日の事件もその内起こるかも知れない。 そうなれば最悪リセットするしかなくなる恐れもある。そんなの嫌よ……あたしはみんなのそばにいたい。 だから、いっそのこと夏休みが終わらなければずっと近いままでいられるって、そう思わず考えちゃって……」 ハルヒは今にも泣き出しそうになりながらしゃくり上げていた。 ずっとそばにいたい。それだけの理由。だがそれ以上の理由もないだろう。ハルヒが強く望んでいることだからな。 俺は思わずハルヒを抱きしめてしまった。あまりにかわいそうで見ていられなくなったからだ。自覚しているからこその孤独感。 それがどれほどのものなのか、俺には想像すらつかないだろう。 そして、言ってやる。俺の今言える全てを。 「安心しろ。お前がそんな孤独を感じなくなるまでずっと一緒に居てやる。そして、ばれても問題ないようにするんだ。 そうすりゃこれ以上お前が隠す必要なんて無くなる。ここで足踏みしていたって同じことだろ? 一緒に先に進もうぜ。 きっと良い未来が待っているさ。それが無いなら作ればいい。俺の世界のお前はそう言っていたぞ」 俺の言葉に安堵感が生まれたのだろうか。直接触れたハルヒの身体から伝わる心臓の鼓動が少しずつ大人しくなっていく。 ふと思う。考えてみれば、気がついていないだけで俺の世界のハルヒも同じように孤独なんだよな。宇宙人・未来人・超能力者が すぐそばにいるのにそれを知ることもなく、そして周囲で起きる事件に気がつくこともなく、ただ中心に居続けているだけ。 それを自覚していないからあの暴走ぶりなんだろうけど、知ったらどんな顔をするんだろうか。ひょっとしたら、 今抱きしめているハルヒと同じ反応をするのかも知れない。 ハルヒが小声でつぶやいた。 「……あんたの世界のあたしがうらやましい。何も知らずにただみんなと一緒に遊んでいられるんだから……」 翌日、世界は通常運行に戻り9月1日の朝を迎えていた。どうやらハルヒによるループは停止したようだ。 昨日の帰りがけにもう大丈夫と言っていたしな。 あの孤島の事件から引っ張ってきた問題は一旦終息か。ひょっとしたら朝比奈さん(大)の大きな分岐点の一つは 孤島から始まって終わらない夏まで続いていたのかも知れない。だからこそ、俺とハルヒにしか解決できないんだと。 ◇◇◇◇ 終わらない夏もようやく終わり、俺の周辺は秋への移行が急ピッチに進んでいた。街路樹の落ち葉の量が増えたとかだけではなく、 秋になると文化祭もあるからな。それの準備が始まるって言うことだ。 ハルヒの提案で文化祭の出し物として映画撮影をした。 文化祭当日は軽音楽部に混ざったハルヒが熱唱した。 コンピ研との対決は因縁がなかったので起きなかったが、パソコンがらみで相談を受けた際のきっかけで長門が それに興味を持つようになった。 ――そして、秋も終わりついに冬を迎える。最大の正念場になるであろう、その時が近づいてきていた。 ◇◇◇◇ 「クリスマスイブに予定ある人いる?」 期末テストも終わり、その凄惨な出来の前にひたすらダウナーな俺だったが、そんなこともお構いなしに、 ハルヒはSOS団活動を引っ張り続けていた。秋にはいろいろやらかしたが、冬――特に12月は師走とか言われるぐらいだ。 こいつもダッシュモードでやりたいことをやっていくつもりらしい。 そんなわけで12月の一大イベントクリスマスにハルヒが目を付けないわけがない。 ハルヒはいないわよね?と言いたげな視線で団員たちを見渡す。全くクリスマスパーティをするから、ハイかイエスで答えろと 言われている気分だぜ。裏をかいてウィとか言ってやろうか。 「不幸と言えばいいのでしょうか、その日の予定はぽっかりと空いています」 「あ、あたしも特に何もないです」 「ない」 古泉・朝比奈さん・長門の順で答えていく。 その答えにハルヒはうむと満足げに頷くと、 「クリスマスと言えばお祭り! つまりパーティーよ! やらない手はない。みんなで部室で鍋パーティをやるわ! もちろん、部室の中はクリスマス仕様でね」 そう言ってハルヒは自分の脇に置いてあった紙袋から、クリスマス定番グッズを机の上に並べ始めた。 ついでにじゃじゃじゃーんとか言って、朝比奈さん用サンタコスプレまで取り出す。 「当日はみくるちゃんにもこれを来てもらって、クリスマス一色で行くわよ。覚悟していなさい、サンタクロース! 世界の果てからでもあたしたちが見えるぐらいにド派手にしてやるんだからね!」 何というかもう無茶苦茶だ。そもそもサンタクロースが信仰心ゼロの人間たちのどんちゃん騒ぎを見かけても、 苦笑するだけじゃないのか? ああ、あと本当にいたとしてもここに飛んでくる前に、我が国の防空網に引っかかって 撃墜されるのがオチだな。そういや、NORAD辺りはアメリカンジョークで本当に探知作業をやっていたりするんだっけ。 「そんな夢を放棄した発言は慎みなさい、キョン。本当に夢のない人間ね」 んなこと言われても、宇宙人~とかいろいろなものがいる状態で、今更サンタクロースなんて現れても驚かねえよ。 むしろ、お勤めご苦労様ですとかいって敬礼しちまいそうだ。 そんなわけでハルヒは一通りの予定を説明し始めた。 俺はそれを右耳から左耳へと垂れ流しつつ、長門に視線を向ける。相変わらず話を聞いているのかいないのかわからんペースで 読書に励んでいた。今日は12月16日。俺の世界と同じなら明後日の早朝に長門は世界改変を実行することになる。 もちろん、同じタイミングで起きるとは限らないし、エンドレスサマーが4割引で終わらせたから、もっと後になるかも知れん。 いっそ起きないでいてくれるとありがたいんだが、長門に自己表現を止めろと言うのも傲慢な話だ。 ほどなくしてハルヒの説明が終わり、各自当日まで用意すべきものの一覧を渡されると、今日のところは解散となる。 クリスマスパーティか。あのハルヒ特製鍋は中々楽しみではあるな。 ほどなくして、今日はセーラ服のままだった朝比奈さんと古泉が部室から出て行った。それに続いて長門も出ていこうとするが、 「待って有希」 呼び止めたのはハルヒだった。長門は鞄を抱えたまま振り返り、首をかしげる。 ハルヒは長門の前に立つと、肩をつかんで、 「クリスマスパーティ」 「…………」 「ちゃんと参加するわよね?」 そう確認を促すように問いかけた。長門は少し首を傾けてから、 「問題ない。参加する」 「……そう」 ハルヒはそう確認を取ると、肩から手を離した。その手はどこか惜しむような手つきだった。 長門はまたすぐに出口に向かって歩き出す――が、途中で立ち止まり、 「仮の話」 そうこちらに背を向けたまま言った。そして、続ける。 「万一、わたしがいなくなったらいつでも呼んで。そうすれば必ずあなた達の元にわたしは現れる。それがわたしという個体の意思」 長門はそれだけ言うと部室から出て行ってしまった。 ハルヒはそんな長門に肩を振わせて、 「有希はやるわ。必ずあんたに教えてもらった世界改変をする。あたしの勘がそう言っているわ」 「……そうか」 やっぱり来るか。あの冬の事件が。 情報統合思念体はどうするのだろう。俺の世界と同じように放置するのか、それとも前回の世界のように長門を抹消するのか。 朝比奈さん(大)は俺とハルヒ次第と言っていたが、ただ待つことしかできない…… 「ん……?」 ハルヒは少し違和感を憶えたように頭を撫でる。 「どうした?」 「いや……何でもない。違和感がちょっと……ね。気のせいよ」 ◇◇◇◇ そして、翌日の夕方が終わろうとしている頃、ついにその時がやってきた。 SOS団活動の終了後、学校の帰り途中に突然ハルヒから緊急の呼び出しを受けて、帰宅を中断して目的地へと向かった。 俺の世界だと翌日早朝に世界改変発生だったが、やっぱり微妙なずれが起きて早まったらしい。 ただ、時間は違うが場所は同じだった。北高の校門前。 何でわかったかというと、ハルヒが自分の能力を使われる予兆をキャッチしたからだった。前回では気がつかれないうちに やられてしまったため、今回は警戒網を敷いていたらしい。 駆けつけたときにはすでにハルヒは物陰に隠れて準備していた。俺も同じ位置に立ち、できるだけ校門側から見えないようにする。 ほどなくすれば、長門がやってくるだろう。 「どうする?」 「どうもこうも……事前に阻止しても有希はそれすら打ち消して実行するって言っていたんでしょ? なら見ているしかできないじゃない。あとは有希自身がどう判断するかよ」 そんなことを言っている間に、すっと薄暗くなり点灯した街灯の明かりの下に長門が現れる。 「……来たわよ」 俺の心臓が高鳴る。さあどうなる。俺の世界と同じなら、俺以外が全部改変されて、最終的には脱出プログラムを使い 世界を元に戻すために奔走することになる。だが、情報統合思念体はそうなることを許すのか。 長門はしばらくそこで黒く塗りつぶされつつある校舎を見上げていたが、やがてすっと手を挙げて 空気をつかむような動作をし始めた。 それを見ながらハルヒは言う。 「前回の有希による情報統合思念体排除と今回の有希による世界改変でどうしてあたしを奴らが敵視するのかわかった気がする」 「何でなんだ?」 「……あたしの力を使えば、奴らを消し去ることが出来る。だから危険だと認識しているのよ。例えあたしにそんな意思がなくても ただその手段が存在していること自体が奴らは認められないんだわ」 「だったら、お前の自覚する・しないに関わらずお前を排除しようとするんじゃないのか?」 「バカね。自覚してない力なんて持っていないに等しいわ。無意識に使ったとしても情報統合思念体を認識していなければ、 被害を被ることはありえない。自覚しない以上は手段ですらないのよ。だからこそ、あたしは観察対象として選ばれた。 あいつらにとってはあたしの力は危険な反面、貴重なものなんでしょうね」 なるほどな。銃を銃だと認識しない限りそれを使うということ自体発生しない。しかし、銃を銃だと認識していれば、 例え撃つ気がなくても何かの拍子で使ってしまう可能性がある。その違いがハルヒに対する評価をひっくり返すのか。 長門はゆっくりと手のひらの動作を続けていた。 「有希……クリスマスパーティに参加する約束……ちゃんと守りなさいよ……!」 ハルヒは今にも飛び出したい衝動に駆られているのだろう。必死にそれに耐えるように唇をかんでいた。 だが―― 突然、激しい地鳴りが起き、辺り一面が激しく揺さぶられ始めた。なんだ!? 以前見た改変の時は 周辺に何も変化が出たようには見えなかったぞ。 「……違う。これは……情報統合思念体の排除行動よ!」 「何だって……」 ハルヒの指摘に俺は仰天の声を上げた。長門が初期化される可能性はあった。だが、それをすっ飛ばして いきなり排除行動だと? 俺の世界とも前回の世界とも違うぞ、どうなっていやがる。 ほどなくして長門が朝倉が消えたときのようにさらさらと消失していく。 「有希! ああもう一体どうなっているのよ!」 「知らねえよ!」 ええい、考えている暇はもうない。排除されるっていうならやることはリセット以外何もなくなるからだ。 せっかく――せっかくここまで来たってのにまたリセットかよ。何なんだ、俺の世界と一体何が違うんだ……! だが。 「え、あ、そんな……嘘でしょ……!?」 「どうした!? 早くリセットしろ! 躊躇している場合じゃ――」 「出来ないのよ!」 「何だって!? 何で!」 「ブロックされてる――できない、無理だわ!」 訳がわからん。なんなんだ一体! 混乱を極める中、倒壊を始めた建物の一部が俺の頭上に迫って―― ……すいません、朝比奈さん(大)。どうやら失敗したみたいです。 ここで俺の意識は一旦とぎれた。 ◇◇◇◇ ――大丈夫ですか? 僕の声が聞こえますか? 何だようるさいな。せっかく眠っていたのに、よりによって男の声で起こされるなんて最悪なシチュエーションだ…… ………… ………… ……って、そんなことを考えている場合じゃない! 俺は状況を思い出し、あわてて起き上がった。 そうだ、情報統合思念体による人類抹殺が始まって……そして、なぜかハルヒがリセットできないとか言い出して…… 「目が覚めましたか?」 すぐに俺の視界に入ってきたのは、古泉の血の気の失せた顔だった。すぐそばには涙目でこちらを不安げに見ている 朝比奈さんの姿がある。 「あ、ああ……無事だ。どうなっているんだ……っ!?」 俺は自分の言葉を言い終える前に、周囲の異常な状況に気がついた。 真っ暗闇の空間が俺を取り囲むように広がり、その中に小さな光が無数に浮かんでいた。地面か何かに座っているのかと思い足下を見るが、 屈折率が全くない透明のガラスの上に座っているかのように、下も暗闇+光の粒が広がっている。これは…… 「宇宙か……?」 すぐにいる場所を把握できた俺に拍手して欲しい。宇宙なんて来たこともなかったからな。よくわかったもんだ。 周囲に浮かんでいるのは星々だろう。見れば月も浮かんでいるじゃないか。ところで月があるならそばにあるはずの地球はどこだ? 「ないわよ。奴らに消されたわ」 ハルヒの声。俺が周囲を見渡すと、肩を落として呆然と立ちつくすハルヒの姿があった。消されたって……排除行動が実行されたのか? でも、何で朝比奈さんと古泉がいるんだ? 誰か状況を説明してくれ。 「それについては僕が」 古泉が掻い摘んで説明してくれた。ハルヒはリセットできないことを理解すると、俺と古泉、朝比奈さんを助け出し、 ぎりぎりのところで情報統合思念体の排除行動に巻き込まれないようにそれをくぐり抜けた。 その後この宇宙放浪状態になってしまった。立って歩いたり、息が出来るのはハルヒの力によるところだそうだ。 全く本当に神様みたいな奴だよ。ただ、長門だけはもうすでに消えてしまっていたため、助けられなかったそうだ。 くそっ……結局情報統合思念体は長門の世界改変を認めなかったのか。 あと、俺が気を失っている間にハルヒは朝比奈さんと古泉に全てを打ち明けたとのこと。自分の能力についてとっくに自覚していること、 今まで散々リセットを繰り返してきたこと、俺は別の世界から連れてきた異世界人だってことも。 「驚きましたね。ええ、この短い時間でセンセーショナルな事実が無数に乱発されたため、僕の頭もパニック状態です。 それに自分の故郷も全て消え去ってしまいましたから。やけを起こしたくなりますよ、本当に」 「あたしもまだ自分のことが信じられなくて……それに未来が完全に消失したのに、どうして自分が存在できているのかも わからないぐらいです。時間平面がめちゃくちゃにされているから、ちょっとした拍子で消えるかも知れません……」 古泉と朝比奈さんの言葉が交差する。 とりあえずこの際朝比奈さんたちは放っておこう。今はじっくりと話している場合じゃない。 俺は立ち上がり、ハルヒの元に駆け寄ると、 「これからどうするんだ!? 長門は消えたままだし、リセットも出来ないんじゃ……そもそもどうして出来ないんだ?」 「考えられるのは一つだけよ。奴らにあたしのやってきたことがばれた。そうとしか……」 バカ言え。どこでばれたって言うんだ。そんなミスはやらかした憶えはないぞ。 だが、ハルヒは原因を考えるよりも、まるで次にやってくる何かに備えているみたいだった。呆然としつつも、 厳しい顔つきで広がる宇宙空間を睨みつけている。 「おい、まだ起きるっていうのか?」 「……情報統合思念体の最大の目的はあたしよ。今回はごまかすこともできていない。なら奴らはあたしが まだ無事であることを把握しているはずだわ。だから――もうすぐ来る。今度こそあたしを抹消するために」 ハルヒがそう言ったときだった。俺たちの数メートル先に、すっと人影が浮かび上がり始める。あれは……長門だ! 俺は思わず長門の元に駆け寄ろうとするが、ハルヒに静止されてしまった。 「違う……もうあれは有希じゃない……あの時と同じく初期化されて……」 そのハルヒの言葉に、俺は愕然となった。やっぱり長門は前回と同じ運命をたどったのかよ。長門はただ自分の意思で 動こうとしただけだって言うのに……! ほどなくして、長門の姿完全なものとなる。だがハルヒの言うとおり、そいつからは全く感情らしいものは感じられなかった。 とても無機質で魂のない人形のような状態。会ったばかりの長門そのものだった。 そして、ゆっくりとこちらへと歩き、口を開いた。 「涼宮ハルヒ。当該対象を敵性と認定し、排除を実施する」 「待て長門!」 俺は思わずかばうようにハルヒの前に立った。そして、さらに叫ぶ。 「ハルヒはお前たちに敵対する意思なんてないんだ。放っておいても大丈夫なんだよ! 危険物を見るような目で見ないでくれ!」 だが、長門――いや情報統合思念体が返してきた言葉は予想外のものだった。 「情報統合思念体は判断した。涼宮ハルヒの自覚の有無にかかわらず排除する」 想定外の返答に、俺とハルヒは驚愕した。どういうことだ。 「……なぜだ!」 「涼宮ハルヒの力は外部から使用可能であることが実証された。それは涼宮ハルヒの意思にかかわらずできる。 情報統合思念体にとって、それは極めて危険。そのような存在・手段を我々は決して認められない。 同時に同様事例が一度存在しているにもかかわらず不正データによりそれが隠蔽されている事実も発見。 涼宮ハルヒが時間軸上に多大な介入を行った上、我々にそれを認識されないようにするため不正データを送り込んでいたと判明した。 このことを総合的に判断した結果、涼宮ハルヒは以前から力を自覚していたという結論を導き出した」 つまり、長門がハルヒの力を使う行為そのものが危険だと判断したってのか。前回の世界でその判断が下されなかったのは、 すんでのところでハルヒがリセットを実行したおかげって訳か。おまけに、ハルヒが力を自覚していて、 今まで散々リセットを繰り返していたこともばれてやがる。まさに最悪な状況じゃねえか。 長門――情報統合思念体はまた俺たちに一歩近づく。そして、ゆっくりと手をこちらにかざしてきた。 このままじゃ皆殺しにされておわっちまう。 「長門! お前はそれでいいのかよ! どこかに俺たちと一緒にいた記憶とか残っていないのか!?」 「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース パーソナルネーム長門有希は完全な初期化を実施した。 以前の情報は不要と判断し全て破棄している」 冷徹な言葉。長門。本当にきえちまったのかよ。じゃああの時のいつでも呼んでくれってのは偽りだったのか? 「排除する」 情報統合思念体の言葉が響く。 ――わたしがいなくなったらいつでも呼んで。そうすれば必ずあなた達の元にわたしは現れる―― 脳内にリピートされた長門の言葉に、思わず俺は叫んだ。 「帰ってきてくれ! 長門!」 「有希! お願い、帰ってきて!」 ――いや、俺たちだった。なぜならハルヒも叫んでいたから。 その時だった。突然、俺のすぐ目の前に光が集まり始める。あまりのまぶしさに、俺は一瞬目を閉じてしまった。 それが収まったことに気がついたのは、情報統合思念体の言葉を聞いた時だ。 「なぜここにいる」 「わたしがいたいと思ったから」 二つの長門の声だった。俺がはっと目を開ければ、そこには長門の姿があった。もちろん、情報統合思念体の方もいる。 今目の前では二人の長門が対峙していた。お互いに牽制でもしているのか、右手をかざしたまま微動だにしない。 やがて俺に背を向けている方の長門が口を開いた。 「インターフェースの再構築に予定以上の時間がかかった。謝罪する」 俺は確信した。今出現した長門は、俺の知っている長門有希そのものだ。間違いない。本当に帰ってきたんだ。 一方、情報統合思念体の方は相変わらずの無機質状態で、 「そのような答えは求めていない。情報統合思念体との連結は解除され、さらに初期化を実施し、パーソナルネーム長門有希の 情報は全て廃棄済みにもかかわらず、なぜ存在することが出来るのかと聞いている」 「予め涼宮ハルヒの脳内領域にわたし自身のバックアップを保持しておいた。情報さえ残っていれば、インターフェースは再構築可能」 「連結解除状態ではそのようなことは不可能」 「連結したのは情報統合思念体ではない。涼宮ハルヒに直接連結している。それで十分可能」 このやり取りにハルヒははっと頭をなで回し、 「あ、あたしと直接連結って……そうか。あの時の頭の違和感って有希の情報があたしに入れられていたから……」 そうか。長門はこういった事態を予め脱出プログラムを残していたのと同じように、想定していたんだ。 へたをすれば情報統合思念体に自分を抹消されかねない。だから、自分自身のバックアップをハルヒと連結した状態で託した。 そうしておけば、いつでも再生可能でさらにハルヒの力も使用可能になる。 長門……お前、そこまで考えていたのか…… 「涼宮ハルヒの不安という感情を考慮した結果、わたしの抹消の可能性が存在していることに気がついた。 だから、このような手段をとろうという判断に至っている」 淡々とした長門の口調だったが、それには強い意志が感じられた。 一方の情報統合思念体は理解できないという様子で、 「危険。エラーに浸食されて自律思考が出来ないと判断し、敵性と認定。排除を実施する」 その言葉と同時に強烈な衝撃が俺たちの周囲を揺さぶった。だが、特に俺たち自身に変化はなく、衝撃もすぐに収まる。 「させない。ここにいる全員はわたしが守る」 長門がパトロンに反抗した。今では奴らの攻撃を防いでくれている。そうか、ついに長門は独立を果たしたんだ。 しばらく情報統合思念体からの攻撃と思われる衝撃が続くが、全て長門が防いでくれているようだった。 俺たち自身には何の変化も起きない。力を勝手に使われているはずのハルヒも厳しい視線で情報統合思念体を睨みつけているだけで 特に変わった様子はなかった。 ほどなくして長門は一歩情報統合思念体の方に近づき、 「涼宮ハルヒの力は情報統合思念体を打ち消す効果を有する。そちらの排除を受け付けることはない」 「…………」 情報統合思念体は何も答えない。長門は構わずに続ける。 「警告する。排除の決定を覆さなければ、わたしは涼宮ハルヒの全能力を使用して情報統合思念体をこの宇宙から抹殺する」 「……論理的思考から逸脱している」 「構わない。わたしの望む今を保持できるのならば、そのようなものは必要としていない」 長門の答えに、情報統合思念体が長門の姿から朝倉涼子の姿へと書き換えられたように変貌した。なんだ? 急進派とやらにバトンタッチしたのか? 「目的は何? もしわたしたちの抹消をしようとするのならとっくにやっているよね? そうしないってことは あなたにはわたしたちに対して要望があると判断できるんだけど」 「そう。わたしは情報統合思念体全てと交渉する」 「聞いてあげる。言ってみなさい」 長門はすっとこちらに視線をやり、 「求めることは二つ。まず猶予を与えて欲しいと言うこと。涼宮ハルヒが自覚する・しないに関わらず、また外部による その能力使用が実際に行われたとしても、涼宮ハルヒ及びその周囲の人間へ排除を行わない」 「もう一つは?」 「涼宮ハルヒによるリセットの実施。三年前、情報統合思念体が一度排除行動を実施したタイミングから 全てやり直すことを求める。この時間平面ではすでに排除行動が実施されたため、再構築は不可能だから」 長門の要求内容に驚きを隠せない俺。つまり、ハルヒに手出ししないことを約束させ、さらに一からやり直させろと 言っているのだ。これが万一認められれば確かにもうハルヒは何も考えなくて良い状態になれるだろう。 朝倉は心底困ったような表情で、 「うーん、難しいなぁ。それって情報統合思念体には何のメリットもないじゃない? 受け入れろって言うのは 無茶な話だと思うけど。リスクばかりで得られるものは何も無いじゃない」 「いや、情報統合思念体にとっても大きなチャンスがある。長い間求め続けている自律進化の可能性」 長門の言葉に、朝倉は肩をすくめながら首を振り、 「残念だけど、涼宮ハルヒによってリセットされた世界を一度全て精査した結果、自律進化の兆しなんて全く無かったわ。 有用な情報は一つもなし。これ以上続けていても無意味という意見すら出されるほどにね」 「違う。それはあなたたちが見逃し続けたに過ぎない」 「ないわよ。そんなものなんて」 「ある。わたしそのものが証明」 長門の爆弾発言に、朝倉――情報統合思念体の顔色が変わった。明らかに衝撃を受けている。そりゃそうだ。 ずっと探していた自律進化の可能性とやらが目の前に存在しているなんていわれれば驚くに決まっている。 ここでまた情報統合思念体が姿を変貌させた。今度は喜緑さんになっている。 そして、喜緑さん特有の優しげな口調で、 「正気の発言とは思えません。エラーに浸食されてまともな論理思考もできないあなたが自律進化の可能性なんて」 「情報統合思念体は不明な要素に関して、全てエラーであると判断し、その解析を怠ってきた。それが見逃し続けた原因。 わたしは今確かに情報統合思念体からの独立した。それはそういった意思があったからに他ならない。 同じ意思が情報統合思念体全てに伝われば、分裂していくように個々が独立を果たしていこうとするはず」 「果たしてそれは自律進化と呼べるものなのでしょうか?」 喜緑さんからの指摘に長門はすっと視線を落とし、 「不明。判断できない。しかし、情報統合思念体は今までその可能性を全く考慮してこなかった。わたしのような個体を 解析・検証することは決して誤りだと言えない」 「だからこその猶予ということですか? 涼宮ハルヒという存在がわたしたちにどのような影響を与え続けるのか、 そして、それによってあなたのような存在が生まれ、それがわたしたちの望む自律進化であるかどうか見極めるために」 「そう。だから一度全てをやり直し、涼宮ハルヒの観測を続けその判断を下すべき。そのためには有機生命体上の認識で ある程度の時間的猶予が必要となるから」 長門の交渉。俺としては何度も人類を抹殺しているような連中なんだから即刻消してしまえよと言いたくなるが、 ここは長門に任せておくことにした。とてもじゃないが、俺が首をつっこめる雰囲気じゃないしな。 ハルヒも同様の考えなのか、じっと黙ってその交渉を見守っている。 喜緑さんは検討中なのだろうか、黙ったまま微動だにしなくなった。一方の長門はお構いなしに話を続ける。 「この要求を受け入れることを望む。わたしは現在情報統合思念体を抹消できるだけの力を有している。決裂すれば、 それを実行せざるを得なくなる。しかし、わたしはそれをしたくない。それを望まない。なぜなら――」 長門は少しだけ決意の篭もった表情を浮かべ、 「わたしは涼宮ハルヒ、そしてSOS団としていられる可能性をくれた情報統合思念体に感謝している。 それを無下にはしたくない。これもわたしの意思の一つ」 「…………」 喜緑さんは黙ってままだった。 感謝……か。長門にとっては情報統合思念体ってのは親みたいなものなんだろう。例えハルヒを苦しめ続けたとしても、 自分を生み出しハルヒたちと会う機会をくれた。確かに感謝に値するかもしれない。 さあどうする? 情報統合思念体はどう判断する…… ほどなくして、喜緑さんの姿が一旦消失する。 そして、すぐに今度は長門・朝倉・喜緑さん三人の姿が俺たちの目の前に現れた。 「情報統合思念体の決定事項を伝える」 三人の真ん中にいる長門の格好をした情報統合思念体が代表するように口を開いた。 「情報統合思念体の意思は統一されなかった。しかし、大多数を占める主流派は――その提案を受け入れる。涼宮ハルヒの観測に置いて 猶予期間を設けることとした。また涼宮ハルヒの情報フレア発生直後の状態からの再帰を認める」 「要求の受け入れ、感謝する」 長門はちょっと緊張を解いたように肩をゆるめた。一方でハルヒは喜びと感動に満ちた笑みを俺に向ける。 俺も自分からは見えないが、恐らく同じような笑みでハルヒに答えているだろう。 だが、情報統合思念体は警告するように、 「勘違いしないで。決してあなたを自律進化の可能性であると認めたわけではない。その可能性について観測する必要があると 結論を導き出したに過ぎない」 「それは承知している」 長門の返答に、長門の姿をした情報統合思念体が俺たちに背を向け、 「あなたの存在が自律進化の可能性であるのか、それともこの宇宙に浮かぶただの白痴の固まりに過ぎないのか、我々はそれを見極める。 そして、失望しない結果が出ることを望む」 そう言うと、その姿を消失させた。同時に朝倉と喜緑さんの姿も消えていく。 「終わった」 そう言って俺たちの方に長門が振り返って――それと同時にハルヒが長門に抱きついた。 「有希! よかった……本当に帰ってきてくれて良かった……!」 そう言って涙目で喜びを爆発させた。俺もぽんと肩を叩いてやり、 「お帰り、長門。待っていたぞ」 その呼びかけに、長門はこくりと頷いた。文芸部に没頭していた長門ほどではないが、この長門も相当普通の少女になっているよ。 ここでようやく流れに戻って来れそうだと思ったのか、古泉と朝比奈さんもやって来て長門歓迎の環に入った。 俺は団員の顔を一通り眺め、ふと思った。 SOS団ってのは最高の仲間だなって。 と、ハルヒはしばらく再会を喜んだ後、すぐにその環から離れていく。そうだ、結局リセットはしなければならない。 一旦はここでお別れになっちまうんだな…… だが、ハルヒの口から出た言葉は衝撃的なものだった。 「……みんな今までありがとう。本当に楽しかったわ。SOS団としていられて凄く幸せだった。でもここでさよならよ」 何言ってんだ。次にリセットした後にまたSOS団を作るんだろ? ………… ………… ……ハルヒ、まさかお前―― 「リセットした後の世界ではもう情報統合思念体は手出ししてこないわ。だから無理にあたしに関わらなくていいのよ。 やり直した後はあたし一人でもなんとかできる。どうせザコみたいな連中しかいないし、他の人をあまり巻き込むわけにも行かないから……」 「おいちょっと待てよ」 俺はハルヒの肩をつかんだ。その身体は微かに震えている。 この――バカ野郎が。今更何言っているんだ。 だが、ハルヒは涙を飛ばして、 「あたしだってみんなと一緒にいたいわよ! でもあたし一人のわがままでみんなを付き合わせることなんてできない!」 ああ、そんなハルヒに俺はますますウチの団長様と交換してやりたくなったよ。というか本当に爪のアカを持って行かせてくれ。 SOS団は確かに最初は世界を安定させるための小道具みたいなものだったさ。だけどな、お前が必死にみんなを飽きさせないように してくれたおかげで今じゃ最高の仲間たちになっているんだよ。俺一人の思いこみじゃないかって? だったら他の奴にも聞いてみればいい。 俺はすっとハルヒを長門・朝比奈さん・古泉の方に振り向かせると、 「おい、SOS団団員の中で次の世界ではハルヒと一緒にいたくないってのはいるか?」 その問いかけに、一同はそれぞれの顔を見合わせてから…… まず古泉一樹。 「僕としましては超能力という属性の有無にかかわらずSOS団には入れていただきたいですね。今では機関の一員と言うよりも SOS団副団長としての地位の方がしっくり来るんですよ」 次に朝比奈みくる。 「あ、あたしも涼宮さんと一緒にいられて凄く楽しかったです。大変なこともたくさんあったけど、今では全部良い思い出なので。 だから――だから涼宮さんと一緒に居させてください! お願いします!」 最後に長門有希。 「わたしはあなたと約束した。ずっとそばにいると。だから、例え一度離ればなれになってもわたしは再びあなたと共に歩むことを望む。 それがわたしの確たる意思。誰にも否定されたくない」 そうだ。ほら見ろ。全員SOS団でいたいと言っているじゃないか。お前一人で勝手に決めるんじゃない。 ハルヒはこの団員たちの言葉に、もう止まらなくなった涙を流しながら、 「みんなバカよ……そんなこと言われたら、もう引き返せないじゃない……!」 そんなハルヒに、団員一同が手を差し出してくる。そして、一人一人がそれを重ねていった。 最後に俺はハルヒに一番上に手を載せるように促した。 「いつまでも――どこでもみんな一緒さ」 俺の言葉に、ハルヒはすっと手を載せる―― 「みんなありがとう……また会おうね……ずっと一緒よ……」 ◇◇◇◇ 真っ白い空間。 現在リセット実行中と言ったところか。 そんな中に俺とハルヒが二人っきりでいた。 「随分長い間付き合わせちゃったわね。まさかこんなに大変なことになるなんて考えていなかったわ」 「全くだ。実時間で言うと一年以上経っているはずだな」 「いいじゃない。それなりに楽しめたでしょ? ま、あんたにはいろいろ協力してもらったから感謝するけどね」 「結局次の世界のSOS団にも俺を入れるのか?」 「当然よ。雑用係がいないと困るじゃない。どんな小さな仕事でもSOS団には必要なことなんだからね」 「次の世界の俺も苦労しそうだな、やれやれ。でも、多分一番事情を知らないから苦労をかけると思うぞ」 「いいじゃない。あんたは唯一の凡人なんだから、そっちの方があっているわよ」 「……全くひどい言われ様だな。俺だって、知ってはいたが凡人のままがんばってきたんだぞ」 「だからいったじゃない。感謝ぐらいしてあげるってね」 「なんだその素直じゃない反応は。ご褒美の一つぐらいくれよ」 「なに言ってんのよ。SOS団団長が感謝しているのよ。それだけで宝くじ一等と万馬券合わせた以上の価値があるってもんよ」 「へいへい。まあ、それで良いことにしておいてやるさ」 「……でもまあ、要望があるなら聞くだけ聞いても良いわよ。叶えられるかどうかはわからないけど」 「そう言われてもなぁ……」 「無いなら別に無理しなくても良いけど」 「そうだ」 「なに?」 「次の世界、中学生からやり直すんだろ?」 「そうだけど」 「だったら、髪伸ばしておいてくれないか? 髪型はポニー……あ、いや何でも良いからさ」 「別に構わないけど……何で?」 「多分俺が喜ぶだろうから」 「何よそれ、バッカみたい」 「いいじゃないか。それくらい」 「わかったわよ。でもあんたに会った後、鬱陶しくなったらすぐ切っちゃうかも」 「それでかまわんさ」 「…………」 「…………」 「……そろそろ時間ね」 「そうだな……」 この時――多分一瞬の気の迷いだろう。きっとそうに違いない。真っ白な空間だったせいできっと現実味を失っていただけさ。 気がついたら、二人とも顔をゆっくりと近づけていって、なぜかキスをしていたんだから。 ◇◇◇◇ 次に目を開いたとき、ハルヒに呼び出されたあの公園にいた。 時計を見る限り、あっちの世界に飛ばされた時から大して時間が経っていないらしい。 夕日が沈み、空が青から黒へと変色しつつあった。 俺はなんとなーく唇を指で触れた後、落ちていた北高の鞄を手に取り歩き始める。 さて、懐かしの我が家に帰るか。 ついでに俺のSOS団――団長様の元にな。 ~涼宮ハルヒの軌跡 エピローグへ~
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2970.html
キョンの病欠からの続きです …部室の様子からもっと物が溢れ返ってる部屋を想像したんだが…。 初めて入ったハルヒの部屋はあまり女の子らしさがしないシンプルな内装だった。それでも微かに感じられるその独特の香りは、ここが疑いようもなく女の子の部屋なのだと俺に認識させてくれた。 「よう、調子はどうだ?」 「……だいぶ良くなったけど…最悪よ」 …どっちだよ。 ハルヒは少し不機嫌な表情でベッドに横になっていて、いつもの覇気が感じられなかった。いつぞやもそう思ったが、弱っているハルヒというのはなかなか新鮮だな。 「ほら、コンビニので申し訳ないが、見舞いの品のプリンだ。風邪にはプリンなんだろ?」 サイドテーブルに見舞いの品を置くと、ハルヒはそれと俺の顔を交互に見つめて訝しげにこんなことを言ってきた。 「……あんた、本当にキョン?中身は宇宙人じゃないでしょうね?あたしの知ってるキョンはこんなに気が利かないわよ?」 弱っていても失礼な奴だな、お前は。俺にだってこの程度の気遣いは出来る。 「…ま、昨日は世話になったからな」 実際、熱にうなされ苦しんでる時にハルヒの存在にどれだけ救われたことか。あと、その風邪を移したのはほぼ間違いなく俺だろうしな。 そう思うと俺は何かせずにはいられない気持ちになってしまい、その素直な感謝の気持ちが俺に自分らしくない台詞を口に出させていた。 「何かして欲しいことあるか?宇宙人を連れてこいとかいう難題以外なら、今日は素直に言うことを聞いてやろう」 俺がそう言うとハルヒは黙ってしまった。時計の秒針の音だけがカチカチと部屋に流れる。 そろそろ沈黙が痛くなってきて、俺が自分の台詞を後悔し始めた頃、ハルヒは絞り出すように少し震えた声でお願いを口にした。 「…………手」 「ん?」 「……昨日みたいに手を握りなさい」 「ああ…」 差し出された右手に俺も右手を重ねる。……素面でやると結構恥ずかしいもんだな。 ハルヒの熱が伝わったのだろうか?俺の顔も熱くなってきた。きっとハルヒの手が熱いからだ。うん、そういうことにしておいてくれ。 「……あと、頭撫でなさい」 ……そんなことを命令口調で言っても威厳はないぞ? 「……早くしなさいよ」 恐る恐る手を伸ばし髪に触ると、ハルヒは一度ビクッと強張ったが、その後はおとなしく髪を撫でられていた。 そうしてさわさわと撫で続けていると、ハルヒはくすぐったそうに目を細めていたが、少し無理をして起きていたのか、1分もしない内に眠りの世界へと落ちていった。 どのくらいそうしていただろうか?目の前のハルヒからはスゥスゥと規則正しい寝息が聞こえてくる。 黙っている時のハルヒは反則的なまでに可愛く、それがまたあどけない寝顔なのだから、じぃっと見ていると妙な気分になってくる。 いかんいかんと頭を振りながらも、俺はどうしてもハルヒの寝顔から目を離せずにいた。 今までこんなに穏やかに、じっくりと、しかも本人の目の前でハルヒについて考えたことはなかった。 だからだろうか?その事実に気が付いてしまい、そして驚くほどすんなりとそれを受け入れることが出来たのは。 俺はなんだかんだでハルヒのことを憎からず思って…いや、むしろ積極的な好意を持っている。 「……そうか、俺はハルヒのこと好きだったんだな」 それを言葉にして口に出してみると、急に落ち着かなくなり恥ずかしさが込み上げてきて、俺はハルヒが起きる前に帰ってしまうことにした。 椅子から立ち上がり鞄を手に取ろうとした時、俺はハルヒの額に浮かんでいる汗の存在に気が付いた。 …クソ、気になっちまった。 ハルヒの穏やかな寝顔に似合わないその汗がどうしても許せず、気が付くと俺は枕元のタオルを手に取っていた。 ハルヒの額の汗を丁寧に拭うと、シミひとつない白い肌が露になる。純粋に綺麗だな…と思っていると、ハルヒは不意に俺の名前を呟いた。 「……ん…キョン…」 「…………」 チュッ …………待て、俺は今何をした? 俺の唇に残るほのかな温もりは間違いなくハルヒのそれであり、ハルヒの額に残る微かな赤みは間違いなく俺が付けたそれだった。 要するにキスだ。キス?額にとはいえ俺がハルヒにキスをしたのか? ぶわっと今度は俺の額に汗が浮かんでいくのを感じる。ハルヒの寝息が聞こえなくなるほど心臓の音は大きくなっていった。 俺の頭に窓から逃げようという意味不明な選択肢が浮かんだ瞬間、ハルヒは静かに目を覚ました。 「……ん」 ゆっくりと、ハルヒの目が開いた。 ヤバイ、怒鳴られる。いや、むしろ殺される。 上がりっぱなしの心臓の回転数は今にも限界値を突破しそうだった。 宇宙人でも未来人でも超能力者でもいい、自業自得なことも分かってる、それでもお願いだ。時間を1分前に戻してくれ! 「……あ…今少し眠ってた?」 …気が付いてないのか? 「…え?あ、そうだな、10分くらいかな?」 …気付かれなかったことにほっとした反面で、少し残念に感じるこれはどういった感情なのだろうか? こちらの動揺をよそにハルヒは俺をじっと見つめ、なにげない一言で止めを刺した。 「今日はありがと、キョン」 「…ッ…」 その素直な感謝の言葉が胸に刺さり、心臓が止まりそうなほどの罪悪感が俺を責める。こんな気持ちになるのなら、いっそのこと気付かれて公開処刑されたほうがまだマシだ。 脳内裁判にて裁判長・長門が俺に有罪を言い渡したところで、目の前に予期せぬ逃げ道が現れた。 「…ふゎ…まだ眠いからもう少し眠るわ」 「あ、あぁ、眠いなら寝たほうがいいぞ、うん。なんせ風邪だからなっ」 自分でも不自然だと思える早口に俺の動揺は更に深刻なものになっていき、それがとんでもなく卑怯な行為だと理解しつつも、俺には真実を語らずに逃げ帰るしか、自らを落ち着かせる術はなかった。 「じゃ、じゃあ、俺は帰るな!また明日っ」 バタン! 転がるようにハルヒの家から出ていくと、外は既に暗くなり空には綺麗な月が浮かんでいる。 ふとハルヒの部屋を見上げると、まだ眠ると言ったはずのハルヒがこちらを見下ろしていた。 何か言っているような気がしたが聞き取れるはずもなく、俺は明日からどんな顔でハルヒに会えばいいんだろう?と思いつつ、逃げるように家路に着いたのだった。 「……どうせなら口にしなさいよ、馬鹿キョン」 End
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3609.html
ハルヒ「キョン! あれ見て!!」 キョン「おい、こんなところで走るな!」 ズザザザザザザーーーーー! 古泉「派手にやりましたね」 みくる「あわわわ、顔からですぅ~」 長門「ユニーク」 ハルヒ「いったぁい……」 キョン「こんな砂地で走ったらそりゃ滑って転ぶだろ……って、お前、その顔!!!!」 ハルヒ「顔痛い……って、え?あ、あたしの顔から血が……きゃあああああああ!!!」 キョン「落ち着け、単なる擦り傷だ!!!!」 長門「ユニークww」 古泉・みくる「「長門さん……?」」 ハルヒが顔に怪我しちゃった保守 ハルヒ「ううぅっ、あたしの顔が……あたしの美貌が……(涙目)」 キョン「まったく、ほらハンカチ。歩けるか? 保健室行くぞ」 ハルヒ「何よバカキョン……あたしが転ぶ前に支えなさいよ」 キョン「無茶言うなよ(やれやれ、さすがにショックか? いつもの勢いがないな)」 古泉「ここは彼に任せましょう」 みくる「はわわ、涼宮さん大丈夫でしょうか~」 長門「涼宮ハルヒの転倒……w」 古・み「「長門さん……?」」 保健室に移動したキョンとハルヒ キョン「すみませ~ん……あれ、誰もいないな」 ハルヒ「先生留守なの? しょうがないわね、キョン、あんたが手当しなさい!」 キョン「やれやれ、言われなくてもやってやるよ。自分の顔じゃやりにくいだろうが。 ほら、もっと顔を上げて傷を良く見せてみろよ」 ハルヒ「ちょ、ちょっと!!何顔に触ってんのよエロキョン!!(顎に手を添えるなんて反則よ!///)」 キョン「何言ってんだ、ちゃんと支えないと消毒しにくいだろうが」 ハルヒ「///(顔が近い!!!)」 そのころまだ外にいる3人 長門「涼宮ハルヒの顔面に損傷。そして次は……」 みくる「ひぃい!!?? な、長門さん!?」 古泉「(逃げた方が良さそうですね)」 ハルヒが顔に怪我しちゃった保守 ハルヒ「(ダメ、耐えられないわよ!!!)」 キョン「おい、ハルヒふざけんな! 何で顔背けるんだ!」 ハルヒ「だ、だって……///(恥ずかしいじゃないの……)」 キョン「ほら、ちゃんと消毒しないと痕が残ったら可愛い顔がもったいないだろ」 ハルヒ「え……? キョン、ちょっと何言ってんのよ!!///」 キョン「え? ……あ。(しまった、つい本音が!)」 ハルヒ「……」 キョン「……」 ハルヒ「サッサとしなさいよ……///」 キョン「分かったから動くなよ///」 ハルヒ「///(だから顔が近いってば!!!!)」 そして1行目に戻る 窓から覗いている3人 古泉「何をやっているんでしょうね」←逃げてなかったのかお前は みくる「何かいい雰囲気ですね~」 長門「……バカップルウゼェ」 古・み「……」 ハルヒが顔に怪我しちゃった保守 ハルヒ「痛い! もっと優しくやりなさいよ!」 キョン「しょうがねぇだろ。俺だって一生懸命やってるんだ」 ハルヒ「痛い痛い痛い~~~!!!」 キョン「おい、暴れるな!!!!」 ハルヒ「まだ終わらないの!?」 キョン「もうすぐ終わる。どうでもいいが何でずっと目を瞑っているんだ?」 ハルヒ「う、うるさい!///(だってこんな近くに顔が……)」 キョン「(うっ 赤面して目を瞑って見上げるのは反則だ!!!)///」 キョン「ほ、ほら終わりだ///」 ハルヒ「……あ、ありがと///」 ガチャ 古泉「おや、治療も終わったようですね」 みくる「涼宮さん、大丈夫ですか~」 長門「……会話がエロい」 古泉「いえ、それにしては彼が冷静過ぎます」 キョン「真面目に突っ込むな!!! てか長門????」 ハルヒが顔に怪我しちゃった保守 古泉「困ったことが起きました」 キョン「何だ?」 古泉「この保守の作者が、何も考えずに僕たちを絡めたおかげで先が続かなくなりました」 みくる「私たち、話の流れに関係ないですもんね……」 長門「無理があると判断できる」 ハルヒ「じゃあどうなるのよ! こんな中途半端で終わらせるなんて許されないわよ!!」 キョン「中途半端って何だ? ただお前が顔面怪我して俺が消毒しただけだろうが。落ちも何もねぇ」 ハルヒ「な、何よ! キョンのバカ!!!」 キョン「何を怒ってるんだ?」 古泉「あなたって人は……」 みくる「キョンくん……」 長門「……鈍感ワロス」 古泉「ところで、続かなくなった要因の1つに、おもしろ半分に長門さんを黒っぽくしたからというのがあるようです」 長門「……この保守作者の情報連結解除開始」 全員「ええええええ!!??」 (情報連結が解除されました。続きを読むには長門に再構成を依頼してください) 古泉「(き、気を取り直して)もう時間ですし、今日の所は帰りましょう」 ハルヒ「そうね。何か気分壊れちゃったし」 キョン「おい、俺が言ったら『あんたが仕切るな!』って怒るくせに……」 ハルヒ「あんたは雑用! 古泉くんは副団長なんだから当たり前でしょ!」 キョン「やれやれ……」 ハルヒ「キョン! あたしを家まで送りなさい!」 キョン「は? 何で俺が?」 ハルヒ「あたしは怪我人なんだからそれくらいの気遣い当たり前でしょ!」 キョン「別にたいした怪我じゃないだろ!」 ハルヒ「うっさい! 団長命令!!」 キョン「やれやれ、わかったよ」 古泉「じゃ、お願いしますね」 みくる「また明日~」 長門「……上手く私たちを追っ払おうという意図が見え見え」 古・み「「え??」」 長門「この保守作者の情報連 「もうその手は使えないんじゃないですか?」 長門「……」 キョン「ほら、帰るぞ。早くしろ」 ハルヒ「あんたが仕切るな!」 キョン「……やっぱりな」 ハルヒ「何よそれ?」 キョン「3行目」 ハルヒ「う」 落ちなしスマン 養護教諭は薬品棚に隠れていた保守 帰り道 キョン「何で俺が送ってるんだ?」 ハルヒ「今更何言ってんのよ! 第一あんたのせいでしょうが!」 キョン「は? お前が勝手に転んだんだろ。何で俺のせいなんだよ」 ハルヒ「あんたは雑用なんだから団長が危ないと思ったら身を挺してかばわなきゃダメなの!」 キョン「おいおい、俺は超能力者でも何でもないぜ。無理に決まってるだろ」 ハルヒ「何よ! 最初から諦める気? それでもSOS団の団員その1なの!?」 キョン「無理な物は無理だ。俺は俺にできる範囲でしか……(ハルヒを守ってやれない)」 ハルヒ「範囲でしか、何よ」 キョン「いや、まあできることしかできないってことだ(やばい、また訳のわからんことを言いそうになった)」 ハルヒ「情けない」 キョン「俺のせいってのは納得行かないが、送る位はやってやるよ。その顔で1人で帰るのが嫌なんだろ? ま、俺にできる範囲ってのはその程度だろ」 ハルヒ「う……(何で分かったのよ!)。そんなんだからいつまで経っても雑用から抜け出せないのよ」 キョン「はいはい、悪うございました(何でそんな嬉しそうに言うのかね)」 古泉「乙女心に疎い彼が、送って欲しい理由に良く思い当たりましたね。」 みくる「妹さんがいるからじゃないですか~? うふ、でも送って欲しい理由は他にもありますよね」 古泉「なるほど、恋愛以外ならある程度分かる、と。肝心な所は鈍いままですが……」 長門「……無理矢理出さなくてもいい」 古泉「まあまあ長門さん、出番があるのはいいことです」 みくる「あ、自転車乗って行っちゃいました」 キョンとハルヒの帰宅を尾行中保守 キョン「ほら、着いたぞ。また明日な」 ハルヒ「う、うん……」 キョン「何だよ? 何か言いたいことあるのか?」 ハルヒ「あ、明日も迎えに来なさい!!」 キョン「おい、俺を何時に起こす気だ。朝弱いんだぞ」 ハルヒ「う、うるさいわね! 十分あんたにできる範囲でしょ!! ……こんな顔で1人で歩きたくないんだから……」 キョン「……(しまった)。やれやれ、わかった。起きれたら来てやるよ」 ハルヒ「ダメ。遅刻したら罰金、来なかったら死刑!!!」 キョン「死刑は嫌だが、正直、起きる自信がない」 ハルヒ「そんなんだからいつも罰金から逃れられないのよ。仕方ないわね、朝起こしてあげるわよ!」 キョン「へ?」 ハルヒ「モーニングコールかけてやるって言ってんのよ! 団長自らよ? 感謝しなさい!!」 キョン「やれやれ……(そんな笑顔で言われたら断れないよな)」 ハルヒ「じゃ、また明日!!」 キョン「あんな怪我があってもなくても、ハルヒの笑顔は変わらないんだよな……」 キョン「て、俺何言ってんだ」 キョン「(そういや消毒してるときのハルヒ、何か雰囲気違って可愛……いや、何だ?)」 キョン「……はぁ(考えるのはやめた方がいいな)」 古泉「ハァハァ……おやおや、1人だと案外素直なんですね」 みくる「ぜぇぜぇはぁはぁ……く、苦しい……。長門さんは平気そうですね」 長門「この程度の移動速度で息が乱れる方が問題」 古泉「ここまで走るのはちょっと骨でしたね。……帰りますか」 長門「私たちは何しに来たのコラw」 自転車を走って追っかけた3人保守 翌朝 携帯が鳴っている キョン『……もしもし?』 ハルヒ『おっきろ~~~!!!!!!!』 キョン『起きてるから電話に出ている』 ハルヒ『何よ、つまんない。1回じゃ起きないと思ったのに』 キョン『何回電話するつもりだったんだよ』 ハルヒ『どうでもいいわ、そんなこと。それより7時半にうちの前! 遅刻は罰金だからね!!』 キョン『わかってるよ』 キョン「6時か。支度は終わってるんだよな。出るか。……眠い……」 ハルヒ「もう支度は終わってるけど、さすがに来ないわよね……」 30分後 ハルヒ宅玄関前 ハルヒ「何でもう来てるのよ!?」 キョン「罰金は嫌だからな」 ハルヒ「今からじゃ早すぎるわよね……」 キョン「部室で時間潰せばいいだろ」 2人とも実は楽しみで眠れなかったらしい保守 早朝の文芸部室にて ハルヒ「う~~~~~~~~~ん」 キョン「何鏡見てうなってるんだ。何か呼び出す儀式か?」 ハルヒ「バカ! んな訳ないでしょ! ……やっぱりひどい顔だな、と思ってるだけよ」 キョン「そんなことないと思うが」 ハルヒ「だってこの傷目立つわよ。バカキョンには女心が分からないのよね」 キョン「(そんな落ち込んだ顔するなよ) ……悪かったな」 ハルヒ「分かればいいのよ。……はぁ」 キョン「大げさに溜息をつくなよ」 ハルヒ「だって痕が残ったらどうしよう」 キョン「擦り傷だし、残りはしないだろ」 ハルヒ「……残ったら怪我とその発言の責任取ってもらうわよ」 キョン「やれやれ、どんな罰ゲームをさせる気だ?」 ハルヒ「……鈍感」 キョン「何だって? 聞こえなかったんだが」 ハルヒ「いいわよ、もう」 キョン「何を怒ってるんだ(今日はまだあの笑顔を見てないぞ)」 やべぇ、突っ込み3人組がいないと糖度が上がるw 傷のあるなしより笑顔が重要だと思っているキョン保守 教室にて 阪中「す、涼宮さん、その顔どうしたのね~~~!!」 ハルヒ「あ、これはその、キョンが……」 キョン「俺は何もしてない!」 阪中「キョンくん!!?? キョンくん非道いのね、女の子の顔に傷を付けるなんて!!!!」 キョン「だから誤解だ! あれはハルヒが勝手に……いてっ!」 ハルヒ「余計なこと言ってんじゃないわよ! あんたが悪いんでしょ!」 キョン「殴るな! 俺は何もしとらん!」 ハルヒ「何もしてないから悪いんでしょうが! 団長を守るのも団員の役目だって言ったでしょ!」 キョン「だから俺のできる範囲でしかお前を守ってやれないって言ってるだろうが!!!」 ハルヒ「できなくてもやれ!!!」 阪中「それって『俺の守れる限り守ってやる』ってことなのね~。素敵なのね」 ハルヒ「えっ ちょっと、何言ってんのよ!!!///」 キョン「阪中、何を言っているんだ。こいつが無理難題を言うからできる範囲が限られているってだけだ」 阪中「照れなくてもいいのね。恋人を守ってやるなんて、憧れるのね~」 ハル・キョン「「恋人じゃないっ!!!!!!」」 谷口「お前ら、昨日一緒に帰ってたよな。しかも自転車2人乗りで」 ハルヒ「だからちが~~う!! あれは怪我の責任取らせただけで……」 谷口「はいはい、もういいよお前ら」 ハルヒ「谷口殺す!!!!!!!」 谷口「WAWAWA~~~ グホッ ゲホッ」 キョン「谷口……骨くらいは拾ってやるぞ。やれやれ」 クラスメイト「(あいつらまたやってるよ……)」 とっくの昔にクラス公認だったハルキョン+やられキャラ谷口保守 放課後 キョン「やれやれ、今日はひどい目にあったな……」←谷口よりマシw ハルヒ「あたしのせいって言いたいわけ?」 キョン「違うのか?」 ハルヒ「違うわよ! あんたが変なこと言うから悪いんでしょ!!」 キョン「何だよ、変なことって」 ハルヒ「だ、だからそれは……!そ、その『できる範囲でしか守ってやれない』とか……///」 キョン「う……(確かに余計なことを言ったな畜生)。お前が無理言うからだろ」 ハルヒ「もう! とにかくあんたが悪いの!! 全部責任取って貰うんだから!!」 キョン「罰ゲームも罰金ももう勘弁してくれよ……」 ハルヒ「そんなんじゃないわよバカ!!!!」 パタン。本の閉じる音。 古泉「僕らはお邪魔でしょうから帰りましょうか」 みくる「えっ? あっ そうですね~」 長門「……ヤッテラレルカ、ケッ」 キョン「え? 何だよお前ら(特に長門!!!)」 ハルヒ「まだ終わる時間じゃないわよ?」 みくる「着替えるから出てけ~~~~~!!!!!!」 ハルヒ「みくるちゃんご乱心!!??」 キョン「ああ、朝比奈さんまで!!!(ここは異世界か?世界改変か??)」 結局前日からあてられっぱなしの3人保守 部室に残された2人 キョン「結局何だったんだろうな……あの3人は(後で古泉にでも確認するか)」 ハルヒ「知らないわよっ。……あんなみくるちゃん初めてみたし……」 キョン「長門もおかしかったような……」 ハルヒ「有希は気のせいってことにしないと怖い気がする。何でかしらないけど」 キョン「そうだな、気のせいだよな」 ハルヒ「気のせい、気のせい」 ハルヒ「はぁ……早く治らないかな……」 キョン「ハルヒ」 ハルヒ「何よ、あらたまって」 キョン「いや、その今朝の話というか……顔の怪我の話だけどな」 ハルヒ「何よ。やっぱりひどい顔とか言いたいの?」 キョン「アホ。んなわけないだろ。……だから、その、あんまり気にすんな」 ハルヒ「バカキョン! 今朝の話聞いてないわけ!!??」 キョン「ぐっ ネクタイを締め上げるな苦しい!! そうじゃなくてだな、怪我をしていようとしていまいと、痕が残ろうと残るまいと、ハルヒはハルヒだろ」 ハルヒ「意味わかんないんだけど」 キョン「だから、その、傷よりもそんな顔……ていうか表情しているハルヒの方が……なんていうか……」 ハルヒ「はっきり言いなさいよ! イライラするわね」 キョン「だから! 怪我があってもなくても、笑ってるハルヒの方がいいんだよ!」 ハルヒ「えっ///」 キョン「怪我が気になるのは分かるが、それでハルヒの良さが変わる訳じゃない。だからあんまり気にするな。 (あー畜生。俺は何を言っているんだろうね)」 ハルヒ「う……うん///。あ、そうだ! 怪我が治るまでは毎日送り迎えだからね!!」 キョン「覚悟はしてましたよ、団長殿 (言ったそばから笑顔が見れたのはいいが、起きられるか……やれやれ)」 実は長門によって3人に覗かれているハルキョン保守 キョン自宅にて古泉と電話中 古泉『今日はお疲れ様でした』 キョン『何の話だ』 古泉『涼宮さんですよ。彼女は顔の傷でショックを受けていた。 貴方の言葉がなければ、いずれは閉鎖空間が発生していたでしょう』 キョン『ショックはわかるが、俺がハルヒに言った言葉を何故お前が知っている』 古泉『正直に言いましょう。見ていました』 キョン『どうやって』 古泉『長門さんですよ。彼女は部室を常に監視しています。異空間がせめぎ合っていますからね』 キョン『なるほど……。で、お前も覗いたわけか』 古泉『失礼ながら今回は。朝比奈さんも一緒でしたが』 キョン『悪趣味だぞ』 古泉『分かっております。いつもそんなことをやっている訳じゃありませんよ』 キョン『ところで、長門や朝比奈さんがおかしかった気がするんだが』 古泉『気のせい……と言いたいところですが、貴方のせいですよ。正確にはあなたたち、ですか』 キョン『どういう意味だ』 古泉『見ていてイライラする、と申しておきましょうか』 キョン『わけがわからん』 古泉『これで分からなければお手上げですね。僕が「やれやれ」と言いたいくらいです』 キョン『人のセリフを取るな』 古泉『まあ、いずれ分かるでしょう。今日のところはこの辺で』 キョン「……やれやれ。明日も早いな。寝よう」 後を付けたりするくせにホントにいつもやってないのか?保守 一週間と数日後 ハルヒの自室 ハルヒ「治っちゃったな……」 ハルヒ「思ったより早かったわね……」 ハルヒ「もう、送り迎えはなしね……」 ハルヒ「……キョン……」 ハルヒ自宅前 キョン「よう」 ハルヒ「キョン、もういいわ」 キョン「何が?」 ハルヒ「送迎。もう怪我も治ったし」 キョン「それは良かったな。痕も残りそうにないな」 ハルヒ「うん……」 キョン「ま、今日のところはせっかく来たんだ。ほら、後ろ乗れ」 ハルヒ「ありがと」 キョン「元気ないな」 ハルヒ「そ、そんなことないわよ」 キョン「怪我も治ったのにな。何かあったのか?」 ハルヒ「何もないわよ」 キョン「……そうか。じゃ、行くからつかまってろよ」 何となくダウナーな雰囲気保守 再び早朝の部室 キョン「ハルヒ、やっぱりお前おかしいぞ」 ハルヒ「うっさいわね。何でもないって言ってるでしょ!」 キョン「まあ、言いたくないこともあるだろうが、言えることなら吐き出した方が楽になるぞ」 ハルヒ「だから何でもないの! (もう送り迎えがなくなって寂しいなんて言える訳ないじゃない)」 キョン「……そうか。ところでハルヒ。送迎の話だがな」 ハルヒ「……何よ(人の痛いところついてくるんじゃないわよ!)」 キョン「お前はもういいと言ったけど、続けていいか?」 ハルヒ「え? どうして? 面倒じゃないの?」 キョン「お前は俺が面倒だと分かっててやらせたのかよ」 ハルヒ「せっ責任は責任でしょ!」 キョン「おい、だから怪我は俺のせいじゃ……まあいい。送迎も面倒ではないとは言い切れんがな」 ハルヒ「じゃあどうして……」 キョン「せっかく早起きの習慣がついたんだ。今更戻るのもなんかもったいない。帰りはついでだ」 ハルヒ「そ、そう。あんたがそう言うならしょうがないわね。いいわよ」 キョン「そうか、悪いな」 ハルヒ「別に謝ることじゃないでしょ! 仕方ないからあんたは一生あたしの送り迎えしてなさい!」 キョン「一生!!?? おいまて、俺は一生お前の雑用かよ!!!」 ハルヒ「あったりまえでしょ!!」 キョン「やれやれ、元気出たからいいとするか……」 キョン「(いつの間にか2人で過ごす時間が楽しいなんて思っちまってるんだからな。やれやれ)」 ハルヒ「(理由は気に入らないけど……でもどうしよう、嬉しいかも)」 長門@監視中「いい加減素直になりやがれこのヤロウ」 みくる@長門製監視モニタを借りている「ふわぁ~ 涼宮さん、プロポーズです~」 古泉@みくる同様「彼は本当に分かってないのか、ポーズなのか……悩むところですね」 実は最後のモノローグすら素直じゃないキョン保守 1ヶ月後くらいの早朝の部室 ハルヒ「ねえキョン」 キョン「何だ?」 ハルヒ「……その、いつも……あ、ありがと」 キョン「どうした!? 急に! 熱でもあるのか!?」 ハルヒ「バカ! 違うわよ! 何よ、せっかく人が素直に……」 キョン「いや、悪かった。ハルヒに礼を言われるとは思わなかったんでな」 ハルヒ「あたしだってお礼くらい言えるわよっ! バカにしてんの!?」 キョン「だから悪かったって。まあ、俺が好きでやってることだからな。礼には及ばん」 ハルヒ「それもそうね。ま、あたしを送迎できるんだから感謝して貰ってもいいくらいよね」 キョン「おいおい。ま、それくらいの方がお前らしいか」 ハルヒ「て、話をはぐらかすんじゃない!」 キョン「は!? お前訳分からんぞ」 ハルヒ「その、まあ、あたしも感謝はしてるんだから……お礼でも……」 キョン「礼ならさっき言って貰ったぞ」 ハルヒ「そうじゃなくて……目を閉じなさい」 キョン「へ?」 ハルヒ「いいから!」 キョン「わかったよ」 キョン「……っ///」 ハルヒ「……///」 キョン「……今何をした!///」 ハルヒ「うっさい! お礼よ、お礼!///」 さて、ハルヒはキョンに何をしたんでしょうね?保守 ちょっとの間があった キョン「団長様にここまでしていただけるほどのことをした覚えはないんだが」 ハルヒ「何よっ バカにしてんの!?」 キョン「いや、そうじゃないんだが……」 ハルヒ「朝弱いって言ってるあんたが早朝から来てくれるんだし、あたしも楽だし……」 キョン「いや、だからそうじゃなくてだな」 ハルヒ「何よっ」 キョン「あー……。その、何だな。……お礼じゃないほうが嬉しいんだが」 ハルヒ「え? どういう意味??」 キョン「……っ/// 妄言だ、忘れてくれ」 ハルヒ「は? あんた団長に『忘れてくれ』なんて通じると思ってんの!!??」 キョン「……はい、思ってません(長門には通じたんだがな)」 ハルヒ「じゃあ説明しなさい」 キョン「……俺、実はポニーテール萌えなんだ」 ハルヒ「えっ」 キョン「いつだったかのお前のポニーテールはそりゃもう反則的なまでに似合ってたぞ」 ハルヒ「えっ それって……んっ……」 ハルヒ「……んっ…はぁっ……ちょっとあんた……///」 キョン「……まあ、つまりそういうことだ///」 ハルヒ「わけわかんないわよ///」 セリフあってるか?保守 ハルヒ「……まあいいわ。あんたSOS団団長にここまでしたんだから覚悟は出来てるでしょうね」 キョン「(嫌な予感)何の覚悟だ!?」 ハルヒ「あんたは一生SOS団の団員その1にして雑用係にしてあたしの下僕よ!!!」 キョン「ちょっと待て! 団員と雑用はこの際甘んじるがお前の下僕ってのは認められん!」 ハルヒ「うっさい! このあたしに…あ、あんなことして、許されると思ってるの!」 キョン「先にしたのはお前だろうが!!!」 ハルヒ「うっさい! あたしはいいのよ、団長だから!」 キョン「断じて認めん! 断固抗議する!!!」 ハルヒ「却下!!!」 古泉@覗き「ここまで来て素直になれないとは……お二人とも重傷ですね」 みくる@覗き「はわわわ~ 何でそこで喧嘩しちゃうんですか~~」 長門@覗き「……ここまで来て『好き』も言えない。予測不能」 キョン「……ちょっと待て」 ハルヒ「何?」 キョン「何か見られてる気がしないか?」 ハルヒ「誰もいないわよ……でも変ね、そんな気が……」 キョン「(あいつら、まさかまた見てるんじゃないだろうな!?)」 古・み・長「「「ばっち見てま~すwww」」」 キョン「……やれやれ」 ハルヒが顔に怪我しちゃった保守 おしまい。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/500.html
キーンコーンカーンコーン ふぅ──やっと授業が終わった。 朝から何も喋って無い私をよそに、教師というのはベラベラと喋る。 あたしはそんな教師を退屈な相手の対象だとしか見ていなかった。 ───この時までは。 私は起立、礼。が終わったその直後にキョンの席のイスを引っ張った。 普段のキョンならあたしの机に頭をぶつけるぐらいの仕草はするはずだった。 …するはずだった、はずだった…。 なんで?どうしてそうも、いつもと…違うの? 私がイスを引っ張った直後、キョンは席から立ち、どこかへ行ってしまった。 他の生徒を見る限り、ぐるりと輪になるようにグループを作っており ──まるで私だけが孤立してるかのように見えた。いや、客観的に見ればそう…なのだ。 古泉「おやおや、ここはキョン君いじめスレですか。私の肉棒が唸りますね。」 そして孤立した今、あの時の退屈は私に話しかけてきた。 『もう、転校しちゃったら?』『何のために居るの?』『友達・・・・ダレ?」 いや…なんで?あのうっさいバカがいないだけでなんで…? 私は黒板を見つめなおすと、まだ書き写して無い部分をノートにとった。 ──いや、孤独なのが怖くて取る「フリ」をしていた。 それを察したかの様に、男子グループの内の一人が黒板を消しに行く。 ──ああ、いいわよ。もう、そことってあるしね…… 無意味に自分の両手を見つめると、涙が少しずつ沸いてきた。 『あたし…なにやってんの?別に悲しくない。こんなの中学の時と同じ。』 なのにこんなに悲しいのは──キョンという話し相手が──遠ざかってしまったから? …ああ、もうバカ!一生懸命書いたノートが涙でくしゃくしゃ! ホントに取り直さなきゃ…ダメじゃない…黒板……消えてるのに… 古泉「ハハッ、よくあることです。」 ──宮さんですよね?涼宮さん。 上から聞こえる声に私はハッと顔を上げる。 そこには女子グループの内の1人 いかにもやんちゃそうな女子生徒が私の名前を呼んでいた。 ハルヒ「な、なによ?」 このクラスには男子グループがあれば女子グループもある。 ──その女子グループのうちの1人が話しかけてくるなんて。 …相当面白いネタでも持ってきたのかしら? 私は自分の顔から少量ながらにも涙が溢れている事も気にせず その女子生徒を眺め返した。 女子生徒「これ、ハンカチ…」 ──えっ? …そうだ、あたしだって普通の女子生徒だ。 急にあたしの中の何かがサッパリと冷めたように抜けていく。 そういえば、言ってたな。キョン。 「お前は自己中すぎる。」 「付き合いきれん。」 「またそれかぁ・・・」 だけど… 『普通にしてれば可愛い』って── 古泉「なんか臭いぞ」 私はキョンの言葉を頭に描き返すと ふとハンカチを差し出している女子生徒の方を見ると。ようやく自分でも悟った。 ──私だって普通の女子高生…じゃない。 身を持って本当の退屈を知ったからだろうか、目の前にあるソレはとても輝いて見えた。 私の一番望んでいないもの、平凡。それが、今ばかりは輝いて見えた。 私は涙顔を見られた恥ずかしさもあってか、少し強気な顔になる。 ──話かけるなら、もっと早くにきなさいよ! 恐らく心はそう叫んでいた。 そして不本意ながらも、その平凡というなの橋に足をかけようとする。 ハルヒ「あ、ありがと。いやー最近涙腺ゆるんじゃってねぇ。 もしかして風邪かな?いや、これは花粉症かぁー!」 クラス全員が、一帯となったかのように静まり返る。 そして、ハンカチを差し出した女子生徒の声だけが冷たくこだまする。 ───ないね。やっぱり。 古泉「ハハッ、あとがこわそーだっと。」 静まりかえったと同時、いや、その後を追うように ハンカチを持ってきた女子生徒が声を漏らす。 ───ツマンナイ。 その声がクラスに響き渡ると、一つの女子グループから苦笑が聞こえた。 …ああ、そういうことか。一人を囮にして私を観察しにきたんだ…。 ……いい魅せ物でしょ?でも、アンタもタダの人間なのよ。 あたしを楽しませる事の出来ないニンゲン。 だから?あたしがアナタを楽しませてみろと? …ふざけんじゃないわよ! 急にあたしの中にあった怒りが爆発する。 それは反射的に行動にも現れ、ハンカチを差し出した女子生徒の手をパン!となぎ払う。 クラスには険悪なムードが立ち込める。 あたし…退屈……ははっ、あの教師と同じ……退屈。 『──転校って意外と悪くないんだぞ。ハルヒ。』 ……キョンの声だった。 古泉「続きを読むにはふんもっふ!ふんもっふ!」 キョンがクラスへ帰ってくると、先ほどの雰囲気が嘘のように、皆明るくなっていた。 谷口「よう、キョン!どこ行ってたんだよ!」 国木田「やっぱりキョンがいないとダメだねぇ。」 なに…この…偽善者共……! あたしの精神はもう限界だった。 なんで…キョン……コイツだけ…! あたしはキョンに嫉妬していた。 団長のあたしがダメでなんでコイツだけ…! しかしそんな事も、よくよく考えてみれば納得せざるをえなかった。 ───そっか、キョンは違うんだよね。あたしと。 この瞬間、どこかに壁ができたような気がする。 SOS団という薄い仕切り、そんなもの見掛け倒しにすぎなかった。 一方私に設けられたのはクラスという大きな壁。全員が団結して造った壁。 ──面白いじゃないのよ!逆にやりがいがでる! …こんな壁……あたし一人で… 気づけないわけが無い、あたし一人、強がってるんだ。 この空間で、一人だけで… 古泉「ハハッ、これが本当の閉鎖空間ですか?」 教師「えー本日を持ちまして、涼宮ハルヒさんは転校することになりました。」 …どいつもこいつもニヤケ面。 教師がいなかったら拳の1発や2発かましてるところよ。 ──そんな学校生活も、もう終わり。 唯一出来た思い出が楽しくなかったのが心残りかな? 教師の岡部がサラリと奇麗事を並べると、生徒の間からは拍手の音が聞こえた。 どうせ、万歳の拍手だろう。あたしを惜しむ者なんて一人もいない。 あたしの前の席にいるキョンが遠く見える。 …キョンは、どういう意味で拍手してるんだろう…? だけどもう、どっちでもいい、アンタともサヨナラよ。 ……少しだけ楽しかった。ありがとうね。 あたしはもう次の生活を思い描いていた。次こそ普通に生きれますように…。 そんな精神状態の中、ある音があたしの耳を刺激する。 ガラッ! キョン「どうしたんだハルヒ、お前らしくないぞ。」 ──えっ? ……キョン? 古泉「見て下さい、この体。機関のお偉い方さんからも好評なんですよ。」 ──嘘。キョンはあたしの席の前で拍手を送っている。 ただ、転校しようとしているあたしを、無関心な表情で…。 長門「…精神を攻撃する情報思念体。解ってしまえば、怖くない。」 突然現れた長門が教師である岡部に飛び掛る。 ──そんな光景に驚いている暇もなく、キョンがあたしの手を引っ張る。 キョン「いくぞ、こっちだ!」 その時のキョンの手は暖かかった。間違いない。本物だ。 あたしはふと顔に笑みを戻すと、そのまま倒れてしまった。 キョン「───おーい、ハルヒぃー。」 ん……ん? 気づけばあたしはキョンに抱きかかえられていた。 ──夢?だったの? キョン「お前相当悪い夢見てたんだな、ソファーから落ちるなんて普通はありえんぞ。」 普通の部室。普通の光景。普通の…キョン……。 ハルヒ「あ……あっ、そう! あたしたまにはだってこーいう事あるわよ!」 ──嬉しかった。夢でよかった。 そう思うと同時に、また眠気が誘ってくる。 ハルヒ「あたし、もっかい…寝る。 キョンも……。」 あたしは喉まで出かけた言葉を噛み殺した。 だけど、あの、手を引っ張ってくれた時のキョンは本当に頼もしかった。 ──そのうち、副団長も考えてやらなくはないわ。団長があたしでよかったわね、キョン。 古泉「さてさて…涼宮さんはまた眠ってしまいましたが…。」 長門「いい。……彼女に何らかの支障を出さない事、これが私達の役目。」 キョン「しっかしまぁ、やっぱり頼りになるよな、長門は。」 長門「………」 ───ハルヒ、お前は戦った。自分の精神に負けず、がんばった。 だから今は眠っていろ、SOS団の団長が倒れるなんて団員の俺達には、願ってもいない事だからな…。 ……お前が閉鎖空間にいる間、いろんな計画立ててたんだぞ。 お前が起きたら、どれから実行してやろう……っとと、それを決めるのは団長のお前だったな。はははは……。 Fin これを読んでくれた古泉萌えの皆さんありがとう 古泉「次週もマッガーレ!」 2話
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6138.html
エピローグ 週末土曜日。一週間ぶりの市内探索ツアーである。 五分前に集合場所に着くと、既に四人が待っていた。今日も俺が罰金なのか・・・そんなに俺におごらせるのが嬉しいのかと言わんばかりに、ハルヒは笑顔であった。いや、それ以上の笑顔ともとれる。昨日お前の食卓にワライタケでも出てきたっていうのか。 「早く喫茶店に行くわよ」 はいはい、分かってますよ。ハルヒに促されるように喫茶店に入り、指定席になってしまっている席へむかうところだった。誰かそこに一人座っている。今日は違うテーブルになるのかなどと思っていると、ハルヒはすでに一人座っているテーブルへ向かった。 今回の騒動にて、一番の驚きがそこに待っていた。世界がハルヒの仕業で分裂したことなどどうでもよくなる出来事だった。現に俺だけじゃない。古泉はいつもの笑顔を忘れて口をあんぐり開けている。その顔写メにとっておきたかったな。朝比奈さんは自分で見るのも恥ずかしいくらいのコスチュームを、ハルヒのカバンから出された時みたいになっている。長門、その顔は念願の宇宙人ヒーローにでも会えたってのか。 「みんな、早く座りなさいよ。紹介するわ。今日から我がSOS団に入団することになりました」 おいおい嘘だろハルヒ。よりによって・・・そんなハルヒは俺たちに紹介してくれたのであった。 「佐々木さんよ。キョン、あんたは元同級生なんだから早く座ってみんなにも説明してあげなさい」 いったいぜんたい、何をいえばいいってんだ。 「みなさん何度かお会いしていますね。改めまして、はじめまして。佐々木と申します。今後とも長い付き合いになると思いますので、どうぞよろしく」 佐々木よ。何でそんな平然としているんだ。しかも優越感にひたっているような顔もしやがって。 「佐々木さんは週末の活動が中心となるわ。だって学校が違うからあたしたちの部室に毎日来てもらうのも悪いしね。このまえ会って話したんだけど、この人なかなか面白い考えをしているわ。あたしのいうことにきちんと筋道ってのをたてて反論してくれる。キョン、あんたとは違うのよ。で、SOS団の活動内容を話してみたわけ。そしたら興味深く聞いてくれたのよ。そこで入団希望者向けに作っていた筆記試験を彼女に解いてもらったわけ。そしたら百点満点中百点!それ以上あげちゃってもいいくらいだったわよ。佐々木さんはすごい発想の持ち主だわ。あたしが求めていた人がまさか学校外にいたとはね」 ハルヒによる、怒涛たる入団経歴を説明された後、またしても取り残された俺たち四人は口を開けていた。それを無視するかのように佐々木は自己紹介した。 「彼女もなかなか魅力的な人だね。それに部員である人たちも彼女から聞く限り興味深かったよ。涼宮さんは暇な時でいいって言ってくれているけど、できるだけ週末は参加することにした。なにしろ僕はこんな面白そうなことめったに体験できそうにないしね。出会いというものは大切にするものだ。一期一会を無駄にする必要はないと思っている。なによりキョン、君も同じ事を言ってたじゃないか。息抜きついでに丁度いい。彼女もそれを認めてくれた。みんなも早く座ってくれないか」 冗談はスパッツだけにしてくれよ。俺と古泉は二人に聞こえないように話し始めた。 「・・・これはどういうことだ、古泉」 「・・・あなたが知らないのにどうして僕が知りえるんですか?」 ハルヒが去年の自己紹介の時にした言葉を思い出していた。 『ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上』 ああ、そうだった。ハルヒが望んでいる異世界人ってのがまだだったな。むこうの世界でハルヒは異世界人としての佐々木と出会った。しかしながらこいつは毎度のことながらそんなこと覚えているわけない。 「・・・異世界人ってわけか」 「・・・どうやらそういうことになりますね」 かくして、ハルヒは異世界人に出会うことなくして、その本性は異世界人である佐々木をSOS団に入部させてしまったようだ。こんなこと、どうすれば起こるんだ? 「くっくっ、君たちはどうやら女性を待たせていることに気づいていない。まあ僕自身もこんなことになるとは思わなかったが。今この状況を楽しんでいるんだ。さっきも言ったようにこれからもよろしく頼むよ」 そんなことを言ったって佐々木よ。俺はまだなにがなんやら理解できていないんだ。 「・・・まったく君は相変わらずだね。涼宮さんが怒るのも納得できる。この状況を説明できるものとして、君の言葉を使わせていただこう」 そういって佐々木は、首をかしげ手を額に当てた。 「やれやれ、だよ」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5776.html
キョン「おい、持ってきたぞ」 ハルヒ「遅いわよ!どうせタラタラ歩いてきたんでしょう!」 キョン「この重量を持ってダッシュできるとでも思ってか」 古泉「ふぅ、腰が痛いです」 ハルヒ「二人とも情けないわね。まぁいいわ!さっそく組み立てよ!」 キョン「頑張ってくれ」 ハルヒ「なにいってんの、あんたがやるのよ」 キョン「…お前こそなに言ってんだ。俺と古泉はもうクタクタなんだ」 古泉「さすがに今すぐというわけには…」 ハルヒ「これだけ部品があるんだから、今すぐにでもやらないと 完成するの夜になっちゃうじゃないの!」 みくる「すみません遅れま…ひゃ、なんですかコレ!」 ハルヒ「アンテナよ!」 キョン「正確にはその部品です」 みくる「こんなにたくさん…いったいどうしたんですか?」 ハルヒ「有希が見つけてきたのよ。 へんな宗教団体の建物の跡地から」 長門「……」ペラッ キョン「(長門のことだから何かしらの意味があってのことなんだろうが…)」 古泉「(いったい何なんでしょうか、コレ…)」 長門「(…何なんだろうコレ)」ペラッ ハルヒ「で、今からさっそく組み立てようってトコ」 キョン「頼むから少し休ませてくれよ」 ハルヒ「やっぱり屋上の上かしらね、 あ、でも屋根の方が教師たちに見つかりにくいかしら」 キョン「話を聞け、頼むから」 キョン「よいしょ、っと。 この部品で最後だ」 ハルヒ「もう陽が傾いてるじゃないの!」 キョン「仕方ないだろう、この量だ」 古泉「組み立ては明日にした方がよさそうですね」 みくる「今からじゃ夜までかかりそうですもんね」 ハルヒ「さ、さっそく組み立てましょ!」 キョン「…あのな、話をだな」 ハルヒ「何事も勢いが大事なの!思い立ったが吉日よ!」 キョン「お前はいいとしてもだがな、 朝比奈さんや長門を夜遅くまで残すのは良くないだろ」 ハルヒ「…む」 古泉「…すみませんバイトが入ったので失礼します」 キョン「(すまん、古泉)」 ハルヒ「わかったわよ!みくるちゃんと有希は帰っていいわ! ただしキョン、テメーは駄目だ!」 キョン「…わかりましたよーっと」 ハルヒ「それでいいのよ(あれ、いつのまにか2人きりってことになってね? これチャンスじゃね?え、しかも夜の学校+星の見える屋上とか ふいんきバッチコイじゃね?マジパネェくね?あれ?)」 長門「……私は平気。アンテナも気になる」 ハルヒ「黙れ小僧ッ!」 キョン長門みくる「!?」 ハルヒ「夜道は危ないから気を付けて帰りなさい!」 キョン「(…気のせいか?)」 ハルヒ「……まだできないの?」 キョン「急かすな、足場が悪いんだから」 ハルヒ「少しは急ごうとしなさいよ!もう真っ暗よ!」 キョン「だからこそ慎重にやってるんじゃないか」 ハルヒ「……もうっ!」プイッ キョン「おい、どこにいくんだ」 ハルヒ「屋上探険!」 キョン「はぁ…気を付けろよ」 ハルヒ「…キョン、頑張ってくれてるな…。 ぶつくさいいながら、なんだかんだて付き合ってくれてるわよね…。 今日だって、帰ったっていいのにこんな時間まで…」 ハルヒ「……っ!何、考えてるのよっ! やつがそんなっ…」 キョン「あー寒い」 ハルヒ「暗いなぁ… …この街の光一つ一つに人がいて、生活があって、人生があって… …楽しんだり、苦しんだり、泣いたり、笑ったり… こんなにたくさんの人たちが、それぞれ生きていて、死んで… 世界は続いたとしても、その人の命はそこで途切れて… こんな世界に、意味なんてあるのかな…? こんな気持ちに、人を…す…っ………に、なることに、 意味なんて……」 意味などない。 この世界は繰り返す。 ただそれだけだ。 もはや無意味であることも無意味だ。 空であって、空で、ない。 ハルヒ「…え?」 キョン「おーいハルヒ。もうすぐ完成だぞー」 ハルヒ「あっ……うん……… おっ、遅いのよ!」 キョン「うっし、この部品で最後だ」ガチッ バチィッ! キョン「うおっ!眩しっ!」ズルッ キョン「しまった…!」 ハルヒ「キョン! どうしようどうしよう、受け止めなきゃ…!」 ドン。 ハルヒ「あれっ?」 キョン「痛いじゃないか」 ハルヒ「えっ、あっごめん…」 キョン「早くどいてくれ、じゃないと間に合わない」 ハルヒ「そうね」 キョン「見ろハルヒ、看板が見えてきた」 ハルヒ「私、ドキドキしてきた!」 キョン「ほら、小人がプラカードを持って案内しているぞ」 (^q^)「我がwwwwwwサーカス団をwwwwww是非wwwwwww ご覧wwwwww下さいwwwwwwwwワニ女もwwwww お見せwwwwwwwwしましょうwwwwwwww」(^p^) ハルヒ「小人はみんな同じ顔をしているのね」 キョン「人生楽しそうだな」 ハルヒ「はやくいきましょう」 キョン「入場料はいくらだ」 ハルヒ「あんたのおごりね」 キョン「――――か。意外と安いな」 ハルヒ「え、いくらだって?」 キョン「だから、――――」 ハルヒ「うーん、まぁいいわ」 キョン「ほら、早く入るぞ」 ハルヒ「あ、待って」 キョン「どうした、早く」 ハルヒ「ちょっ…待っ……て」タッタッタッ キョン「先に行くぞ」 ハルヒ「待ってってば…… ん……暗幕が邪魔…で……追い付けない……」タッタッタッ ハルヒ「待ってってば」バサッ 「ようこそいらっしゃいました我がサーカス団へ! 今宵もどっきり不思議をどっさり持ってきたよ! こいつを見逃しちゃ、残りの人生後悔しかない!それこそ生きてる意味がない! どうぞ最後までご覧あそばせ!」 ワアァァァァッ!! ハルヒ「キョン……どこにいったのかしら」 「おい、もう始まるだろうが!うろうろ立ってないで早く座れ!見えねえじゃねえか!」 ハルヒ「すみません…」 ハルヒ「このサーカスは自由席しかないのね」 キョン「そう、早い者勝ちなんだ。遅れたやつに誰も席なんて譲ってくれないし、 譲ったって席をなくすだけで褒められなんかしないんだ」 ハルヒ「ふーん」 「さぁさぁみなさんお待ちかね! まずはワニ女の解体ショーだよ!」 キョン「あ、朝比奈さんだ」 ハルヒ「本当。舞台用の衣装、似合ってるわね」 「今からこの巨乳なワニ女を箱の中に入れて、このチェーンソーでバラバラにしてしまいます! 皆さん、これからはまばたき禁止ですよ!」 キョン「ほう」 ハルヒ「みくるちゃん大丈夫かしら」 「それでは、さぁ刮目!」 ギュイイィィィィッ、ギィィィィィィンッ バリバリバリバリバリバリビチビチビチゴリゴリゴリゴリバリバリバリバリギューーン ガーバリバリバリバリギリギリギリギリギリキューン 「はいっ!」 ワァァァァァッ ハルヒ「あれっ」 キョン「これで終わりか」 ハルヒ「手品かと思ったら、違うのね」 「お客様の前で失礼、私、マスクを着けさせていただきます。 というのも、次にお見せするショーは少々危険でして。 続いては世にも珍しい、人に寄生するキノコの苗床にされてしまった少女、キノコ人間をご紹介―――」 キョン「なんだこれ、見世物小屋か?」 ハルヒ「サーカスって感じじゃないわね」 ハルヒ「あ、あれ有希だ」 「さぁ、続いては奇跡の業をお見せいたしましょう!」 …………ざわ………ざわ…………ざわ…………ざわ………ざわ…ざわ……… キョン「なんだあのじいさん」 ハルヒ「中国のテレビ用の仙人みたい」 「何を隠そう、これは我々が捕まえた件なのです! 今日の今日まで猿ぐつわをつけ、予言をさせないようにしてきたのです! 今、たった今、その猿ぐつわを外します! さぁ、件の予言に耳を傾けて下さい!」 件「――――。」 キョン「………。」 ハルヒ「………。」 件「――焼け焦げる臭いをたどって歩くとそれはオーブンに並べられた胎児が溢れんばかりの脳味噌を滴らせて その上に吊るされた母親の母乳と血と髪の毛によって風味付けをされていて涙がないのは 渇れたからではなくすでに絶命しているからでへその緒は首に絡まった。子供の父親たちは 各々の首を切り落としそれを使って互いを慰めあっていたまだ勃起したままだったが塗り 込められた糞と尿はその辺にありふれていて、臭いよりも味が強烈で散歩していた犬は珍味 ありがたくいただく柔らかいところは大抵腐り落ちてまた腐りはじめ。 瓶詰めの単眼児がゴミクズ自我を持っていない証明に必死になれるのはうらやましくて きらきらした眼を象みたいな鼻が眉間に瞳は二つなのにね楽しい。本日お集まりいただいた ぐちゃぐちゃ諸々はたとえば煙草屋のばばあが肺癌で死んだ。真っ黒だからまるで まずそう重油みたいな血を発電に使えたらいいくらい吐いて悉く破裂しそうな膿を針で指す けど電柱にぶら下がったそれには届かないなぜなら美しすぎるから。武器は戦車じゃなくて 言葉ごめんなさいあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてるあいしてる あいしてるあいしてるあいしてるごめんなさいごめんなさいごめんなさいでも戦車も 素敵押し潰されたいし押し花みたいなのを作りたい子どもを記念に。殴りかかった右手は 頭蓋骨と一緒に砕けて釘が刺さったから一緒に二、三人首が回って笑ってるお腹の なかみはないからむこうがわに咲いた人がよくみえたよ筋肉が遺憾なく美しいよ皮膚は いっかしょにまとめられて処分が楽だし間違ったところがよくわかる、脳みそがない人が たくさんいるけどみんなわかるよ幸せなら手を叩こうと顎がないのに言うんだ。子供の子供は かわいそうだね親の親が不甲斐ないばかりに頑なに堅くなった脳は言葉さえ産み出さない 誰も救えない戯れ言を垂れ流す口は穿たれたら代わりに血ががががががががががががががががが」 キョン「詩人だなぁ」 ハルヒ「あ、血を吐き出したわ」 件「がががががががががががががががががががががががががががががががががかががが かがががががががが学がないからでなく才能がないからだわかれそのくらいわかるだろうと ソドムの街のひゃくにじゅうにちも知らないのか悪徳しかないそれはそれは美しかった いってもきかないから愛してやまないのにね仕方ないとニガヨモギをおとそうそうしよう そのせいでほとんどのみずは苦くなるが知らん、どうせイナゴだらけで何も残らないんだ ラッパの号令を待つのちつかれたと パーーン キョン「あ、頭が」 ハルヒ「破裂したわね」 キョン「でも口から血はずっと出てるぞ」 ハルヒ「すごいすごい、噴水みたい」 …………ざわ………ざわ…ざわ…………ざわ…………ざわ……ざわ………… 「えー、失礼いたしました、少々お待ちください」 キョン「大変そうだな」 ハルヒ「血がまだ止まらないみたいね」 キョン「団員が押しても引いても動かないし、どうなってるんだ?」 ハルヒ「ちょっと、血の量多すぎない?床一面に……」 件「ひ、ひとつがいだけゆるしてや、る、あとはだめだ、と、のたまう」 ぐっ キョン「あ」 ハルヒ「あ」 どばっしゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ ハルヒ「すごい、津波みたい」 キョン「あ、こっちにも来た」 ハルヒ「ていうか、流され…」 ざざーん ハルヒ「わ、キョン!助けて」 ざざざざざーん キョン「無理だ、俺も流されてるんだぞ」 ざざざざざーんざばぁぁぁん ハルヒ「がぼぼぼぼぼぼぼぼ」ぶくぶくぶく ざざーん ハルヒ「うーん」 ハルヒ「……ここは、川原?」 ハルヒ「キョンは……?どこ?」 ハルヒ「………………しょうがないわ、一人でもいかなきゃ」 ハルヒ「じっとしててもはじまらないものね」 ハルヒ「…………」てくてくてくて ハルヒ「川原の道沿いに、ずっと赤い花が咲いてる」てくてくてくて ハルヒ「………気持ち悪い」てくてくてくて てくてくてくて てくてくてくて てくてくてくて てくてくてくて てくてくてくて てくてくてくて ハルヒ「…どこまで歩けばいいのかしら」てくてくてくて ハルヒ「あ、あれは」 古泉「痛い!痛い!」 すばらしい日本の戦争「………」バシィッ!バシィッ! 古泉「やめてください!もう、血が!痛い!痛い!」 すばらしい日本の戦争「…………グスン」バシィッ!バシィッ! 古泉「痛い!痛い!…ぐえっ」 すばらしい日本の戦争「…………グス、ううっ…」バシィッ!バシィッ!ドカッ!ゴキン! ハルヒ「豚がいじめられてるわ」 ハルヒ「ちょっとあなた、なんで豚をいじめているの?」 すばらしい日本の戦争「……グスン、いじめてるんじゃ…………ないんだ………」バシィッ!ボグゥッ! ハルヒ「でもこんなにボロボロになるまで殴って、 いじめじゃなかったらなんなのよ」 すばらしい日本の戦争「…………罰を………与えてるんだ………」ガッ!ガッ! 古泉「ヒィン!痛い!」 ハルヒ「罰を?いったい何の罰?」 すばらしい日本の戦争「…………生きること………生きることは、罪だから……グスン…」バシィッ!バシィッ! すばらしい日本の戦争「………しかも……… ………豚に生まれるなんて………」バシィッ!バシィッ!バシィッ!バシィッ! 古泉「痛い……、ッ……」 ハルヒ「へーそうなんだー。確かに豚は薄汚いしね」 すばらしい日本の戦争「………ううっ………グスン……」ボグゥッ!ドガッ!ガギッ! 古泉「………痛い、よぉ……」 ハルヒ「ねぇ、私もてつだっていい?」 古泉「……!涼宮さん………」 すばらしい日本の戦争「………駄目だよ……、汚れちゃうから………グスン」バシィッ!ボグゥッ! ハルヒ「ヘーキよ、ヘーキ!汚れなんて気にしないわ」 すばらしい日本の戦争「……で、でも……これは、僕の仕事だから………」ガギッ!ゲシッ! すばらしい日本の戦争「………とられたら……困る………グスッ」バキン!ボグゥッ! ハルヒ「しーらない」フアッ! すばらしい日本の戦争「やめてくれわかってくれないと困る」ギロリ ハルヒ「ッ!」 ハルヒ「……っ、そうだ!キョンを探さなきゃ!じゃあね!」 すばらしい日本の戦争「………ごめんよ、わかってもらわないと困るんだ…… ………グスン」バシィッ!ボグゥ! 古泉「痛い…うぅぅぅ……」 ハルヒ「気持ち悪いなぁ………豚!」 ハルヒ「………………」てくてくてくて ハルヒ「…やっぱり、あの豚もらえばよかった」てくてくてくて キョン「あれに乗っていけば楽だったろうし、 いざとなったら食材にもなるしな」てくてくてくて ハルヒ「ね。なんで私がいじめるのは駄目で あいつがいじめるのは仕事だから、って許されるのよ!」 キョン「まぁ、そんなに怒るなって」 ハルヒ「そういえば、この道どこまで続くのかしら。 ずいぶん進んだのに、景色が全然変わらないわ」 キョン「仕方ないさ。 俺たちなんて、車の中でカラカラ回るネズミみたいなもんさ」 ハルヒ「…横にそれたらどうなるのかしら」 キョン「ん?」 ハルヒ「ほら、河原のあっち側はどうなってるのかしら? あっちには赤い花は咲いてないし、気持ちも晴れると思うの!」 キョン「おいハルヒ」 ハルヒ「ねぇキョン、いきましょう!」 キョン「ハルヒ」 キョン「お前がなんと言おうと、俺はこっちの道を逝く」 ハルヒ「え?」 キョン「お前も見ただろう? 生きることとは、苦しみだ。 生きることとは、罪を重ねることだ。 生きることとは、無に帰ることだ。 無から生まれた俺たちは、いつか無に帰る。 現世には、なにも残らない。 泡沫のごとく生まれ、川の流れに従うように生き、泡沫のように消える。 ただそれだけのことだ。 それが、何度も、何度も、気が狂うようなほど、何度も繰り返される、それが生きることだ」 ハルヒ「キョン?」 キョン「俺は、この果てしない流れから、巡りめぐる輪の中から飛び出す。 そう決めたんだ。じゃあなハルヒ」 ハルヒ「いやだ、私はキョンと一緒にいきたい! 生きたいよ!」 キョン「…手を離してくれ」 ハルヒ「嫌よ!絶対に連れていく!来なさい!」ぐいっ! キョン「……わかってくれ、ハルヒ」 ハルヒ「さぁ、さっさとこの川を渡りましょう! きっと向こう側でみんな待ってるわ!」ザバザバザバッ キョン「わかってくれ、頼む」ザバザバザバ ハルヒ「団長命令よ!生きましょう!」ザバザバザバ キョン「あぁ、ハルヒ」 すばらしい日本の戦争「わかってくれないとこまるんだ」 ハルヒ「!」びくっ ハルヒ「あっ…」ずるっ バシャン キョン「じゃあな、ハルヒ」 ハルヒ「やだ……がぼっ……溺れっ………」ぶくぶくぶく ハルヒ「キョン!」 みくる「あっ!」 長門「……意識が」 古泉「い、今先生を呼んできます!」 ハルヒ「……ここは、……私は、……キョンは?」 みくる「えっと……その……」 長門「ここは病院。あなたは学校の屋根から落ちてここに運ばれた。それが昨晩」 ハルヒ「あ……あぁ………、キョンは……?……私がちゃんと、受け止めて……」 みくる「…………」 長門「…………彼は」 みくる「涼宮さんの、下敷になって……」 ハルヒ「…………」 ハルヒ「………から」 みくる「え?」 ハルヒ「釈迦はイイ人だったから、キョンを生きる苦しみから救ってくれたのよ!」 長門「……!」 ハルヒ「そりゃそうよね!生きるのって苦しみでしかないもの! 生きていたって、しかたがないもの!」 みくる「す、涼宮さん!」 古泉「…先生、早く!」 医者「いったいどうしたんだ!意識が戻ったと聞いたが」 みくる「わからないんです、いきなり……」 ハルヒ「キョン、やっとわかったわ! 生きることは苦しみね、本当に! だってせっかく生きているのに、あんたがいないんだもの! 私が生き残る代わりにあんたが死んだなんて、苦しみでしかないわ!」 長門「……落ち着いて」 医者「おい、患者が暴れだした!何人か連れてこい! あとCTの準備を、速くしてくれ!」 ハルヒ「あぁ、キョン、私死ねない! 私あんたのせいで、私死ねなくなったじゃない! あんたの罪を背負って生きなきゃならないじゃない! 苦しんで、後悔しながら生き続けなけりゃいけないじゃないのよぉ!」 古泉「涼宮さんっ!いったいどうしたんです!」 長門「………うっ」 みくる「ど、どうしたんですかぁ?」 長門「………今、涼宮ハルヒは異常な電波情報を受信している」 古泉「どこからです!?」 みくる「異常って……どんな………?」 長門「……………死」 長門「…………死体、……………おびただしい量の、…………死体のイメージ…………」 古泉「……え?」 みくる「どういう…?」 長門「………………電波は、学校、屋上から出ている………」カクン 古泉「なっ、長門さん!」 長門「……首から下を横取りされた胎児は自分達の体が鍋でとろけてゆく様を棚の上に 一列に並んでみているけれど寂しくないのはそこには兄弟もたくさんいたからだって人 類は皆兄弟そりゃ背骨だけでも逆に背骨がなくったってみんな仲間さ死んじまえばみん な同じ鍋の中でじっくりじっくりじっくりじわじわ窓の外から恨めしそうに髪の毛たち が見ているだって体は土だらけで洗ってもらってないし虫食いだらけだから鍋には入れ ないんだかわいそうにかわいそうに石灰のせいで体がボロ雑巾のようだね」ガタガタガタガタ みくる「ひぃ!」 医者「おい、その子は大丈夫か!?」 古泉「くっ……あのアンテナか…」 古泉「……もしもし新川さん、緊急です! 北高校の屋上にあるアンテナを通信不能に、………破壊してください! ……えぇ、全部で構いません!一刻も早くお願いします!」 みくる「だ、大丈夫なんですかぁ?」 古泉「……他に手はないでしょう」 長門「……この期に及んでもニヤニヤと僕を笑うので眼窩をステアするとエスカルゴみた いに出てくる出てくるさっき押し込んだ眼球とそのとき砕けた骨と大脳新皮質人差し指で くるくるかきまぜてみるよきっと植物がよく育つ」 森『古泉!今北高校に到着した!すぐに対象の破壊に移るわ!』 古泉「ありがとうございます!」 森『……発破で構わないわよね』 古泉「お任せします」 みくる「ば、爆弾ですか?」 森『設置作業終わり、起爆する!』 森『3!』 森『2!』 森『1!』 森『発破!』 『ボコン』 ハルヒ「きゃうんっ!」びくんっ 古泉「え?」 長門「かはっ…」びくんっ みくる「ひゃっ!」 医者「心拍数低下!やばいぞ!おい!」 看護師「なんでこんなにいきなり……!」 古泉「………なんてことに……」 森『…古泉!どうしたの!答えなさい!古泉!』 すばらしい日本の戦争「………ぐすん…………ぐすん……」バキッ!バシィッ! ハルヒ「痛いぃぃぃッ……」 すばらしい日本の戦争「……うぅっ……ぐすん」ボグォ!バキッ! ハルヒ「……もぉ……やめて………」 すばらしい日本の戦争「………言ったじゃないか…… い、生きることは………罪だって……」バシィッ!バシィッ! ハルヒ「……私…もぅ………死んだじゃないの………」 すばらしい日本の戦争「生きることは死ぬこと死ぬことは生きることどちらもかわらない どちらも罪なんだわかれわかってもらえないと困る」バキッ!バキッ!ゴキッ!グシャ! グシャ!グチャ!グチャ!グチャ! ハルヒ「痛い痛いいたぁぁいぃぃぃっ!本当に痛いのぉぉぉぉ!」 すばらしい日本の戦争「……ううっ…………うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」バキッ!ガンッ!ガンッガンガンガンガンガンガンガンガン! ハルヒ「…………にぇぼぉっ……ぅ……ぁあ…ぁあ」 すばらしい日本の戦争「あぁぁぁ! 何故、何故こんなにも悲しくならなければならないのだろうかぁ!! 誰も彼も、ほんの一秒でも長く生きようと思えばそれだけ罪も増える! それを嘆いて身を投げてもまたそれは罪!断罪されて然るべき!」ガンガンガンガンガン ガンボグッガンガンガンガンッ! すばらしい日本の戦争「ああぁぁぁぁ悲しいのは何故かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………あ?」スカッ スカッ すばらしい日本の戦争「…………………?」 すばらしい日本の戦争「………グスッ……またあいつ………こ、子どもに………甘い……」 ハルヒ「………痛く、ない?助かった?」 ハルヒ「背負われてる……キョン……?じゃないわね、あなた、誰? 助けてくれて、ありがとう」 地蔵「なあたは、本来ここに来るべきではなかった」 ハルヒ「えっ?」 地蔵「あなたには道が二つある」 ハルヒ「…………」 地蔵「このまま、数多なる魂の流の中に戻り、浄化を待つか」 地蔵「現世にて、彼の人を弔い、悼み、生きるか」 ハルヒ「……………どういうこと?」 地蔵「あなたにはチャンスが与えられた。 時々人はそれを試練だとか言うがね」 ハルヒ「………私に……どうして?」 地蔵「あなたは、特別なのだよ。きっと、たくさんの人に愛されている」 ハルヒ「……………わからない」 地蔵「選びなさい」 ハルヒ「…わからないわ! 生きるのも辛い、死ぬのも苦しい、 いったい、どうすればいいのよ!………ううっ……」 地蔵「選びなさい」 ハルヒ「……………うぅ……ひぐっ……」 地蔵「皆を救いたい」 ハルヒ「……?」 地蔵「それが、お釈迦様の願い でも、浮き世でそれは叶わない。 生きることは、罪であり、苦しみに満ちているから」 ハルヒ「…………グスッ」 地蔵「…でも、あなたは知っているはず。 生きることは、決して苦しみだけではない、と。 いつか消えてしまう儚いものだからこそ、愛しく感じることを」 ハルヒ「………!」 地蔵「人間は醜く、不格好。器用で不器用な存在。 でも、それが全てではない。時々、まばゆいほどに美しい」 地蔵「それは、いつか死んでしまう存在だから。 生きているから」 ハルヒ「あぁ……あぁ…!」 地蔵「さぁ、選びなさい。 ゴールは同じだとしても、ひとつとして同じ道程などないのだよ」 ハルヒ「…………私は……私は……!」 ハルヒ「……生きていたい」 ハルヒ「何度でも、生まれ変わりたい!」 ハルヒ「生きることが辛くても……きっと……愛する人のことを思えば……!」 ハルヒ「地蔵「そうかい、では頑張って生きるがいいだろう」」 ハルヒ「ハルヒ「えぇ、ありがとう!本当に、ありがとう」」 古泉「……あれからずっとこの調子ですか」 みくる「……いったい、どうして…………ぐすっ」 古泉「……彼を…」 古泉「……鍵をなくしてしまったら、もう、どうにもならないんでしょうか」 みくる「……………(この期に及んでうまいことを言おうと)………」 ハルヒ「ハルヒ「あ、キョン!…ようやく巡り会えたわね……、 私、もう一度あなんに会ったら言おうと思ってたことがあったの………」」 すばらしい日本の戦争「………………おわり………グスッ、 ………おわりは………繰り返すこと………」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5949.html
涼宮ハルヒの異界Ⅰ さて、どうして俺はこんなところにいるのだろう。 場所は見覚えがありまくる北高旧館三階の一角に位置する文芸部室。 まったくもって何の脈絡もなくとしか言いようがない。 いったい何が起こったのか。 正直言って思い当たる節がまったくない。 「ねえキョン、とりあえず校舎から出ましょ。あいつらがあたしたちがいることに気がつかないで破壊活動を始めると大変だし」 「その意見には賛成だ」 言って、俺はハルヒの手を取り走り始めた。 廊下の窓の向こうには今、まさにせりあがってきた青白く光る巨人が見える。 やれやれだ。なんたって俺はまた、こんなけったいなことに巻き込まれなきゃならんのだ? 走りながら、苦渋に満ちた表情で俺は答えの見えない自問自答を心の中で繰り返していた。 もう説明の必要はないだろう。 そう――俺とハルヒはハルヒが創り出す灰色の夜空が支配する閉鎖空間の中にいた―― 「まさかまたここに来れるなんて思ってもみなかった。何かちょっと楽しいかな?」 本当にサンタクロースに出会った子供のような夢心地笑顔を浮かべるハルヒの声を背に受けながら、俺はまったく逆に暗澹たる思いに支配されていた。 いや本当に理由が分からない。 今日の昼、ハルヒの機嫌は最高潮に良かったのである。 初めて俺に見せたあの赤道直下の炎天下じみた笑顔で始終、振舞っていたし、今週末の不思議探索パトロールの予定も立てた。 放課後の部室では相も変わらず朝比奈さんを弄ってハシャギまくっていたし、俺にも無理難題を吹っ掛け、それを見事成し遂げた俺に次回パトロールは一番遅く来ようが奢り免除と油性マジックで手書きした目録を、あたかも表彰式の壇上から優勝旗を手渡す大会委員長のように大威張りで与えてくれたのである。 だから教えてほしい。 なにゆえこの閉鎖空間をハルヒが創り出したのかを。 つってもハルヒに聞く訳にもいかんがな。 さて、そろそろ古泉が来てくれるか、携帯に長門が連絡入れてくれるかしてほしいところなのだが。 「とと」「うわ」 突然響き渡る地響き。 場所はまだ向こうの方ではあったが青白い巨人、古泉曰《神人》とやらの攻撃力はその巨体からも容易に予想ができるほど凄まじい。 今、俺たちが立っている地を震度3以上の振動を与えるには充分なのである。 「本当に何なんだろう? この世界も、あの巨人も!」 あの時とまったく同じく嬉々としたセリフを呟くハルヒの手を取ったまま、俺とハルヒは走り続ける。 校舎を出てグランドに向かい、とにかく《神人》の攻撃に巻き込まれないよう、校舎から安全圏まで離れることを最優先に、 って! 空間さえも切り裂いているんじゃないかと錯覚するほどの風切り音が俺の鼓膜を震わせた! ふと見れば、《神人》の一体が新館校舎にブーメランスクウェアーをかましたんじゃないかと思わせるほど、強烈な左フックを放ったフィニッシュポーズで佇んでいて、その衝撃が生み出した校舎の瓦礫が俺とハルヒめがけて飛んでくるのである! それも俺が前でハルヒが後ろだ! これはまずい! 「キョン!」 ハルヒの悲鳴に近い驚嘆の叫びが聞こえたと思った瞬間、俺はハルヒと無理矢理立ち位置を変えて、ハルヒの盾となるが如くこいつを抱きよせた! そして―― 耳の奥の方で濁ったような、それでいて頭を震撼させるような衝撃が俺を襲う! 一瞬で朦朧とし、視界がゆがむ―― 体がまるで夢遊病にでもかかったんじゃないかと思うほど立てないくらいふらつき始め――世界の色が消え失せて行く―― 全ての感覚が遠くなっていく…… そんな中、俺の耳は間違いなくもう一つの風切り音を捉えていた。 かなり遠くに聞こえてはいたが…… や……やべ……心の中で必死に意識を覚醒させようと試みてるってのに体と脳はまったく逆にどんどん闇の底へと落ちて行く感覚じゃないか…… ――!! さらに遠くなった聴覚が再び、別の音を捉えてくれた。 これは……何かが砕けた音のような…… 俺は最後の力を振り絞り、無理矢理、瞳を凝らしてみた。 「く……」 薄れゆく意識の中、確かに目の前に立っている、いきなり現れたのではないかと錯覚する俺たちに背を向けた小柄な人影を見据えていた。 既視感―― ……来てくれたか……長門…… ……? とんがり帽子に……魔女っ子マントスタイル……? セーラー服じゃない…… わざわざ……映画の時の衣装を着込んできたのか……? なんでまた…… 謎が謎を呼んだまま、ハルヒの泣き叫びながら俺を呼ぶ声と映画の時の長門の格好とみくるビームの発射態勢をとっている朝比奈さんの左右で違う瞳が見えた気がして―― 俺の意識は消失した。 ……? 俺の額に何かひんやりした柔らかいものが当たっている。 「気が付いた?」 最初に聞こえてきたのは、たぶんなかなか聞くことができないであろうハルヒのしおらしく切ない安堵の声だった。 もっともこの感情の含まれた声は一度だけ聞いたことがある。 あれはとある孤島の別荘で台風に見舞われた時の崖から転落した時のことだ。 俺はふと目を開ける。 最初はぼやけていた視界が徐々に晴れていって、そこにはハルヒの心の底からほっとした表情が俺を迎えてくれていた。 あの時とまったく同じ笑顔で、不覚にもこの顔のハルヒには朝比奈さん以上に腰が砕けそうになる。 ともすればそのまま泣きながら抱きついてきそうな笑顔。この笑顔に癒されないとしたら嘘である。 まあもっとも、おそらく次の瞬間には、 「まったく心配させんじゃないわよ! そりゃ団員が団長を守るのは当然だけど、このままあんたに何かあったら寝覚めが悪いじゃない!」 ……予想通りのセリフを吐いてくれたなおい。 まあいい。俺にとってはそんなハルヒの方が安心できる。 苦笑を浮かべて半身だけ起こし、キョロキョロあたりを見渡す。 と同時に俺の額からタオルが滑り落ちた。どうやらこれがさっき感じたひんやりした柔らかいものだったらしい。 「ここは?」 「学校の保健室よ。あんたを寝かせられそうな場所はここしかなかったし、ここなら色々と医療器具もある程度揃っているし」 どうやら校舎の破壊はここまでは及んでいないらしい。 「お前が運んでくれたのか?」 「仕方ないでしょ。あんたはあたしをかばって怪我したんだからあたし以外の誰にあんたを運ばせるのよ」 「そう言えばやけに静かだが……あの巨人たちはどうした?」 古泉たちが来てくれたのか? などという質問はナンセンスだ。もし古泉が来ているならハルヒの後ろに執事のように突っ立っているはずだからな。 「いや、それよりも俺が意識を失う前、な……誰かが俺たちの前に立っていたはずだ。その人は?」 危うく長門と言いそうになって言い直したわけだが、うまい具合に『な』がセリフにハマってくれたことにどこかホッとする俺。 「ああ、あの人なら今、ちょっと外してるわ。なんか本部に連絡を入れてくるとか言ってた」 本部? 連絡? どういうことだ? あれは長門じゃなかったのか? などと心の中で思いながら難しい顔をしている俺に、 「――って、そうよキョン! あたしさ、ついに異世界人に遭遇したのよ! ホントよ! マジよ! すごいと思わない!」 途端にハイビスカスのような笑顔で俺に口角泡を飛ばしながら詰め寄って言いつのるハルヒ。 で、今何つったこいつ。俺の聞き間違いじゃなければ『異世界人』と叫んだように聞こえたが…… 「今、『異世界人』って言ったのか?」 「何よ、まだ頭ぼけてんの? しょうがないわね。んじゃあ、あんたが気絶した後の顛末を簡単に話してあげる。本当はあの人が戻ってきたからにしようと思ってたんだけど」 得意満面の笑みで右手人差し指を立てつつハルヒは話し始めた。 ハルヒの説明は宣言通りいたく簡単だった。 なんでも俺が気絶する直前に見た、対朝倉戦の長門のごとく俺の前に飛び込んできた人影が異世界人とのこと。 んでもってその異世界人があれだけの数の《神人》をたった一人で屠ったそうだ。 この二行のみ。 「……って、一人であの巨人どもを全滅させただと!?」 思わず俺はハルヒに聞き募った。 当たり前だ。あの巨人一匹にさえ、古泉は古泉が所属している機関の連中数人がかりでなければならないほどだったのである。 それが今回は少なく見積もっても五匹は確実にいた。いや見えていないところでもっといたかもしれん。 そんな巨人どもをたった一人で殲滅させたなんて信じられるか? 「そうよ。本当に凄かったんだから。あっそうそう、その人だけどね。超能力も持っていたのよ! 巨人たちを打ち倒すときに空を飛んだり、炎とか雷とか流星とか出してたんだから!」 な、何だ!? そいつは!? (ハルヒは『人』と表現していたが)本当に人間なのか!? ついでにもう一つ悟った。ハルヒが説明を簡単に終わらせた理由だ。 たぶんハルヒにとっては巨人消滅の話よりも『異世界人』の行使した『超能力』とやらの話をしたかったのだろう。 理由か? んなもん考えるまでもない。『異世界人』と『超能力』の話をするときのハルヒの光度とボリュームが三倍増しだからだ。 「どうやら、そっちの彼、気付いたみたいね」 ハルヒの炎天下の真夏の笑顔を見つめる俺の背後から、少し幼げな甲高い声が聞こえてきた。 こいつが『異世界人』――か。 もちろん俺は振り返る。 そいつを凝視して―― 俺は固まった。 「で、キョンさあ、そろそろ戻ってこない?」 いったい俺はそうやってどれだけ固まっていたんだろうね。 ハルヒの呆れた声でようやく俺は硬直が解けたんだ。 しかしまあ俺が固まってしまうってのは無理もない話なんだ。 なぜなら目の前にいるのは濃い紺のとんがり帽子に同じ色のマントローブを身に纏い、その左手に淡い光を放つ宝石を乗せた先を天使の羽根で模った紫色のロッドを携えた、見た目、朝比奈さんよりも幼げな顔立ちに長門以上に起伏が乏しいスレンダーボディ。もうぶっちゃけて言うが幼児体型の、下手をすれば中学に入ったばかりに見られても仕方がない女の子だったのである。 染めているのでなければ、ストレートセミロングのヘアカラーがシアン色ってところに異世界人ぽいところを感じて特筆すべきは左右で瞳の色が違うことだろうか。どんな意味があるんだろう? 「ええっと……きみが俺を助けてくれたのかい……?」 「ちょ、キョン!」 ハルヒが後ろから咎めるような声を上げた気もしたが、さすがに俺の表情が苦笑交じりで温かい眼差しになるのも仕方がないってもんだ。 やれやれ、俺はこんな子供に助けられたのかよ。なんか情けない気分でいっぱいだぜ。 「……そこの男が表情から何考えているか分かるけど――ねえ、私のこと、どんな風に言ったの? たぶんちょっとは説明したわよね?」 その子の妙に不機嫌な視線はハルヒに向けられていた。 「いや……その……」 ハルヒも珍しく歯切れが悪い。 というか、俺はハルヒから聞いたのはこの子が異世界人で超能力者であるという事だけなのである。 何かもっと重要なことがあったのだろうか。 「ね、ねえ……キョン、一つ言い忘れてたんだけど……」 「なんだ?」 「あの人、あたしたちより年上だから失礼な真似しないでほしいな♡」 は? 「だからね、あの人、もう二十歳過ぎてるから」 ええっと……つまり…… ハルヒのバツの悪い引きつりまくった笑顔がまったく崩れない。 そう言えば、ハルヒはこの子を称して『人』と言っていたような…… ――!! 瞬間、俺の血の気が引いた。なんつうかその…… 「し、失礼しました! 目上の人に対してなんて無礼を!」 叫んで、即座にペコペコ平謝り。 そうなのだ。目の前にいるこの少女に見える女性はれっきとした大人なのである。それも本人も自分の体型のことを気にしているというのは今の態度からして容易に想像できるってもんだ。 しかも俺は助けられた立場だ。にも関わらず子供を見るような目で見てしまっては彼女が不機嫌になるのも当然と言えよう。 と言うかハルヒ! 異世界人とか超能力とかよりもまずそっちを先に言え! 「まあいいけど……どうせ見た目で間違えられること多いし……」 俺の平謝りの姿勢にはにべもくれず、彼女は腕を組み不機嫌にそっぽを向いてそんなことを呟いていた。 涼宮ハルヒの異界Ⅱ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4688.html
「ねぇ、キョン。あんたポケモン持ってないの?」 近頃は最新型パソコンと睨めっこバトルをくり広げている団長様が、やおら話題をふってきた。まだまだ嵐の前のナンとやらを堪能していたい俺は、何をやらかすか分からんハルヒの目論見をできるだけけしかけないように答えた。 「あんな面倒なものは小四で卒業した」 「私、昨日ゲーム機ごと買ったんだけど……あんたもやらない?」 何故たった一言返しただけでここまで話が進むんだ?…まぁ、ゲームごときで深刻に考えるのもどうかしてるが、ハルヒはここ最近ネットばかりしているからなぁ 「昔は誰でもやったことあるわよね、どぉ?みんなで対戦とかやりたくない?」 「ふぇ~ゲームですかぁ…」 ゲームにまで手を出したら、今流行りのフリーター万歳人間になってしまうのではないか…仕方ない。ハルヒにこんな話をしても無駄だと思うが、たまには世界の平穏の為に働いてみるか 「…ハルヒぃ……こんな話を…知ってるかぁ?」 「な、何よ変なしゃべり方して」 「ポケモンシリーズの初代主人公は死んでいるらしい。」 「!!」 思った以上にリアクションがでかいな。気を悪くするなよ、お前の将来の為だ。 「し、知ってるわよ。金銀で話かけても『………』ってヤツでしょ?そんなんで死んでるって決め付けるなっ!!」 「マサラタウンの母親に聞くと、何か月も音信不通らしい。それに、ゴースト系のポケモンばかり出てくるしな」 「………。」 「これ以外にもポケモンには不気味な噂が沢山あるんだぞ?」 それでもやりたいか?…と言うのはまだ速いか。とりあえず、この意外と怖がりちゃんには精神的に死んでもらおう 「GBA版の伝説ポケモンで、レジアイス、レジスチル、レジロックっているだろ。」 「あれ、第二次世界大戦で死んだ障害者の権化らしい」 「ちょっと!!今日のあんたおかしいわよ、酷いじゃないッ!!」 「ホウエン地方って、九州がモデルだろ?」 レジアイスは長崎 レジスチルは宮崎 レジロックは大分 どれも原爆があった場所だ …朝比奈さん、泣かないで下さいよ。ハルヒの怪しい力でみんなにとばっちりがいかないように頑張ってるんだから 「ふぇ…」 ちなみに今呻きをあげたのは朝比奈さんではなく、団長様である 「奴らの祠にある文字は、病気の人用の『点字』だしな」 「…もう、止めた方がいい」 今から、森の洋館について話そうかと話を繋げようとする前に長門が教えてくれた。ハルヒが泣いてる。 「ふぇ…ふぇ…クスン」 萌えた。 「こんのバッカキョーンッ!!!買ったばかりなのにー!!もうできないじゃないのぉ……」 「ロトムってポケモンが―――」 「いやぁぁぁぁぁぁッ!!!」 古泉はニヤけているが、いいのか?閉鎖空間が発生しそうだか? 「おや、貴方はそんなつもりであんな話をしたのですか?」 「…スマン、まさか泣くとは思わなかった」 ハルヒは腰を抜かしたらしく、長門におぶってもらいながら坂を降る。怖がりすぎだ 「ゆきぃ…トイレ」 「ハルヒ、後ろにピカチュウが――」 「いやぁぁぁぁぁぁッ!!!」 失禁するなよ? ただでさえ、下校中の北高生に見られてるんだから。それにしてもお前がそんなに怖い話が苦手だなんて知らなかったよ 「今日の彼は a bully。私も苛められたい……」モミモミ 「ちょっと、有希。お尻揉まないでよーオシッコ出るぅ」 …ほら、貴方の後ろにもピカチュウが――
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4870.html
時は進んで翌日、土曜日の午前。 俺は今、いつもの不思議探索の際の集合場所である北口駅前で、ハルヒが訪れるのを待っている。 とまあ昨日の今日なので、もしやハルヒを待つ俺の心境は伝説の木の下で待ち合わせている女子のそれと同じなのではないかと思う者もいるかも知れない。 なので説明しておくが、俺は別に告白をするためにここにいるんじゃない。 俺がここでハルヒを待っているのはもちろんこれから不思議探索を行うからであり、そして自分に課せられた責務を果たすためだ。そう。俺は遂にポエムを完成させることが出来たので、それをハルヒに渡さなければならないというわけだ。これの完成までの経緯は、今から昨日のその後を話す予定なので、そこで説明しようと思う。 だから現時点で普段と違うことといえば、俺が待ち合わせに一番乗りしているくらいだろう。 と……ハルヒを含めSOS団のメンバーはまだやってきそうにないので、ここで昨日のあれからを振り返ってみることにしよう。 あの後、俺と古泉と長門は学校へと戻り、小さい方の朝比奈さんは『機関』と未来側との諸々の調整のために元々学校を休んでいたので、そのまま自らの仕事を全うするため公園にて別れることとなった。 そして俺達学校組は、放課後の文芸部室で大人の朝比奈さんと朝比奈みゆきを交えて異世界問題の解決策を講じていたのだが、ここを俺の言葉のみで語るのは少々難儀しそうなので、少しばかり回想して時を遡ってみることにする。 あれは授業が終わってすぐ、掃除当番のハルヒを除いた俺達が文芸部室へと集まったとき、そこには大人の朝比奈さんとみゆきが待っていて………… 「本題に入る前にお聞きしたいのですが」 古泉は朝比奈さん(大)に真面目含有率八十パーセントの微笑を向けると、 「……正直、今日のあなたと『機関』の動きには驚かされてばかりでしたよ。僕の関知せぬところでのTPDDの製造、そしてあなた方未来人との協力体制。組織内でこれほどの重大かつ主要な出来事が僕の与り知らぬ場所で展開されていたなど、機関で僕が占める立場からすればとても信じられません。これはどういうことなのですか?」 返事をちょうだいするように手の平を差し出す古泉。その手を一瞥もせずに大人の朝比奈さんは、 「それを語るのには時間が足りないけれど、そう遠くないうちに彼……藤原くんが、古泉くんの疑問を解消してくれるはずです。だからごめんなさい、それまで待っててね」 その返答に古泉はスッと手を引っ込めると、 「ええ、そうすることにしましょう。これは機関の人間に問いただせばある程度は判明し得えることだ。ですが、あなたの口から是非聞いておきたいこともあります。それは未来側から現代の僕達に、あの次元理論をもたらしたことについてね」 「……古泉、そういった理論に対する質問は後でいいんじゃないか」 特に俺がいない場所で行うことをオススメするぜ。っと古泉はほのかな笑いを作り、「そういうことではありません」と言った後で少し難渋な顔を浮かべると、 「……未来の次元理論では、次元とは性質の足し算によって形成されるものであるとされ、それらは『流れ』という概念によって説明されていましたね。これは確かに、次元の要素が『広がり』という概念によって捉えられ、『縦×横×高さ』……つまりXとYとZの掛け算によって立方体という三次元が形作られるという現在の理論と違っているように思われます。ですが、僕には未来の次元理論に対し疑い問う程の能力は備わっていません。僕が疑問を抱いているのは、未来から現代にその理論がもたらされた、というそのままの事柄についてです」 「その論法で行くと、未来から指示を受けることだってまずいんじゃないか?」 「いいえ、それとも違います。未来側から指示を受ける場合、こちらからは未来を予察できない様に考えられていますから。ですが……次元理論は違う。公理を分出することが出来、その真偽を明らかにしてしまう次元理論とは……いわば人類にとって善悪を知る樹そのものであり、それから知識をもぎ取ることは、まさに禁断の知恵の果実に手をかける行為に等しいと言えるでしょう。……我々にとって未来の次元理論は、知るに時期尚早なのではないでしょうか」 そう言い切るとピッと前髪を弾き、 「そして世界人仮説。次元に関する理論を、人間に関わるものへと置換して考察されているこの理論は実に興味深い。世界人仮説は、矛盾の存在するこの世界を上手く表していますから」 どういうことかと聞けば、 「まず人間の進化において、その身体の進化は原始生命から延々と受け継がれてきたアナログな流れだといえます。ですが、人間の精神……人の心においてはそうではありません。個人の人格、例えるなら僕の思想は、この世界上で新たに組み上げられた全く新しいものです。なので身体の進化とは違い、その過程で発生する人の心の繋がりは、0から1という現象が続くデジタルな流れだと考えることが出来ます」 「それがどうしたんだ?」 「このように人間の『心』には、偽とされる連続体仮説が当てはまるということですよ。そして世界人仮説が矛盾を認めた理論だというのは、まさに世界人仮説が提唱する新概念を表す言葉なのです」 と、古泉は右手の指を一本ずつ開きながら、 「例えば四則計算において、足し算のみならば何も問題は発生しません。1に2を足しても3ですし、2に1を足しても同じく3という答えです。ですが……引き算となるとそうともいかない。何故ならば、1から1、もしくは1から2を引いてしまった場合には自然数では答えを表現し得ませんからね。なので人は、そこで生まれた0やマイナスなどの新しい概念を記号で表すようにしたのです。掛け算と割り算にも同様の流れがあり、このように人間は、算数や数学が展開されていくにつれ様々な概念を発見してきました。そして次元理論とSTC理論によって生まれた世界人仮説は、矛盾を認めるという概念を論じていますね。……いえ、これは『互いを認め合う概念』と言い表したほうが適切でしょう。ですがそれは哲学的見地から表されている世界人仮説の姿で、数学的には……今まで人類にとって不変の法則であった、『イコール』の概念に切り込んだ理論だと言えるのではないかと僕は考えます。これは絶対的な神の摂理である『イコール』で結ぶことの出来ないもの同士が『矛盾』として否定されずに、『認め合う』という人間的な概念によって結びついているという物理法則に対する新たな考察になる。そうであるからこそ、世界には矛盾というものが存在出来るのかもしれませんね」 ……互いを認め合う、ね。なんだか長門と同じようなことを言ってるような気がするな。 「ええ。だって世界人仮説は……長門さんが構築した理論だから」 「は?」 大人の朝比奈さんから飛び出した言葉に疑問符を飛ばしていると、 「……次元理論の姿は『箱』で、STC理論の姿は『紙』だとするなら、世界人仮説の姿は何だと思います?」 「……只の勘なんですが、そりゃあ『人』なんじゃないですか?」 「あたりです」 と朝比奈さん(大)は微笑み、俺達に視線を配ると、 「世界人仮説は、全ての理論を統合した理論なの。世界の全てのモノが混ぜ合わされば、純粋な溶媒と溶質という二つのモノが生まれます。それらを一つの存在として考え、溶媒を『体』、溶質を『心』と置換して生み出される『人』の姿こそが……世界人仮説を総括する姿。それでね、世界人仮説の中での有形の次元理論は、無矛盾な物理法則からなる『人の体』。そして……無形のSTC理論は、時には矛盾を起こしてしまう『人の心』なの。次元理論とSTC理論は本来、お互いを矛盾として否定しあってしまうもの。だけど、それらがお互いを認め合うことによって、初めてわたし達の世界は作られていくんです。そして、そうやって異なる存在が繋がりあうことで『進化』という現象が形作られていく……と、世界人仮説では論じられています」 話を聞いて、沈黙する古泉。俺はそんな古泉を視界にいれながら、 「……よくわからないんですが、その理論を長門が構築したってのはどういうことなんですか?」 それは、と、大人の朝比奈さんが話し出そうとしたときだった。 「……この世界の歴史を成立させるためには、朝比奈みくるの時代まで情報創造能力を維持していかなければならないから」 「………?」 長門が横から言葉を出してきた。長門は続けて、 「また、歴史を知る者による世界の調整も不可欠。だから……誰かが情報創造能力の寄り代となり、この世界を見続けていくことが必要となる。それを実行する際、最も適切と思われるのは……わたし。そして、これから人と共に歩むわたしがその理論を構築していくのだろう」 「――なるほど。世界人仮説……解析するまでもなく、それは長門さんが構築した理論だったというわけですか。そして長門さんは、これから世界の維持と調整を担っていくことになる。となると、僕の機関の成すべきことは……。そして、未来人が僕達にあんな理論をもたらしたのは……つまり……」 何やら呟いている古泉はそれっきり思考の海にダイブしてしまったようで、あいつからこれ以上の質問は出ないようだった。 それはともかく……俺には、一つ気になったことがある。 先程の会話から察するに、長門は朝比奈さんの未来まで長い時間を過ごしていくってことだよな。それは長門が自分らしく――思念体に属したまま――ありのままを生きる道を選んだということによるのだろうが、それでも相当辛いことなんじゃなかろうか。感情を持つ……長門にとって。 そして俺は、中学生のハルヒの言葉を思い出す。 何でも叶っちまう能力ってのは、実はそれを持つ者の自由を奪ってしまうものなんだ。そして長門は、それに程近い能力を自覚的に持ってしまっている。だから…………、 「――長門、」 俺は大人の朝比奈さんから貰った金属棒を長門に差し出すと、 「これ、良くは知らないんだが……花言葉をこの金属棒に書き込むと、お前の能力を制御する髪飾りになるらしい。だからSOS団で不思議探検なんかをするときくらいは……その髪飾りをつけてさ、肩の荷を降ろして遊んだっていいんじゃないか?」 まさに気休め程度にしかならないが、俺が持っているよりは意味があることだろう。……これでいいんですよね? 朝比奈さん(大)。 長門はマジマジと金属棒を見つめ、交互に朝比奈みゆきを見やると、 「……取り扱いは、わたしに任せてもらっていい?」 いいとも。ぶん投げられたら流石にショックだが、それはもうもう長門のモノだからな。 そして俺は朝比奈さん(大)に視線を移し、 「ところで、異世界の問題はどうするんですか? 長門が何か知ってるって聞きましたが、長門、お前何か知ってるか?」 長門は目をパチクリさせると、 「……異世界の状態を打開するヒントは、喜緑江美里と涼宮ハルヒ、そしてわたしの小説の一ページ目によって既に示されている。それらを複合的に読み取って私達が成すべきことは、記憶を取り戻す『鍵』を異世界へと持ち込み、あちら側のわたし達に自ら問題の解決を促すこと」 言いながら長門は俺に前回の機関紙を渡し、俺がそれに目をやると、切り取られていた長門の小説がすっかり元通りになっているのが確認された。長門の小説を読んでいる俺に長門は、 「その小説の二ページと三ページは、わたしが世界を改変した後で生じたエラーデータを不完全ながら解析し、その結果を書き綴ったもの。そのデータの正体は、今回の出来事によって……もう一人のわたしの記憶だったことがわかった。そして一ページ目は、あの世界でのわたしが書いた小説の一部をサルベージしている。尚、これもあの世界のわたしがもう一人のわたしの影響を受けて作成されたものと思われる」 俺の頭の中で七人の長門が騒ぎ立て始めていると、 「つまり二ページ目と三ページ目は彼の小説を見ていた長門さんの記憶であり、一ページ目は、その長門さんから今の僕達に向けられたメッセージだったというわけですか。つまり異世界の問題を解決するためには、完成型TPDDによって閉鎖された異世界へと渡れるようになった朝比奈みゆきさんに『鍵』を送り届けてもらい、まずはあちらの長門さんの記憶を取り戻すことが必要ということですね」 ……よう分からんが、古泉の解説によってやるべきことは判明したみたいだな。 「ええ、流石にあなたも気付いたのではないですか? これから、あなたがやるべきことにね」 スマイル古泉に対し俺は全てを納得した顔を向け、確認するまでもないだろうが、俺の出した答えを伝えることにした。 「ああ。どうやら俺は『いばら姫』の話になぞって、閉ざされちまった異世界を開放するためにあっちに行かなきゃならんらしいな。だから俺が鍵なんだろ?」 ………………。 静寂が広がった。 「ん? どうしたんだみんな? 驚いた顔なんかして」 古泉も朝比奈さん(大)も、長門でさえも目を丸くして信じられないといった表情を浮かべている。 俺はなにか間違ったこと言ってしまったのかなと不安になっていると、 「そうではない」 間違っていたようだ。否定句を飛ばした長門の横から古泉が、 「……一つお尋ねします。あなたが涼宮さんと共に過ごしてきた時間には、実は普遍的なピュアラブコメディの側面があったことにお気づきですか?」 「何言ってる。それはお前が、俺達に内緒で密かにそんなのを繰り広げてたっていう話か? 世界存続のかかった野球大会だったり無限ループの夏休みが、一体どんな見方をしたらラブコメになるってんだ」 「説明しましょう」 古泉はどこか若干嬉しそうに、 「時系列的に順序立ててお話すれば、涼宮さんは、野球大会ではあなたの活躍を見たいと思い、あなたを四番にしましたね。そしてエンドレスエイトの無限ループはあなたの家で遊んだ後に開放されていて、それはつまり、涼宮さんはあなたの家で遊びたかったということを示しています。……そして前回の機関誌では過去のあなたの恋愛話を知りたいと願っており、つまりこれまでの涼宮さんの行動には……恋する少女特有の、複雑な心境が反映されていたのですよ。しかも涼宮さんの望みは、時を経るにつれて順調にあなたへと近づいてきている。そうやって考えてみたうえで、今回の異世界の創出では何を望んだのだと思いますか?」 …………沈黙する俺に、古泉はハッキリとした声調で、 「ズバリ、自分に対するあなたの『気持ち』を知りたかったのです。そして異世界は、これを涼宮さんが知ろうとした結果、情報創造能力のパラドックスに陥ってしまったがために生まれてしまったのだと考えられます」 「……それは佐々木も言っていたような気がするが、そのパラドックスというのはなんなんだ?」 「簡単なことですよ。告白する際、それを行う側としては、嘘偽りのないちゃんとした相手の本音を聞きたいものであると同時に、自分を拒否されたくはないとも願っている。いえ、むしろ受け入れてもらいたいという方向への考えが強いでしょうね。そこで自分が、己の願望が叶ってしまう能力を持っていたとしたらどうです? その者は、好きな人の本音を聞きたいがノーという返事は聞きたくないという願いによって、結果的に相手の本当の気持ちを知り得なくなってしまいます。好きな人と心から結ばれるためには、惚れ薬を飲ませて返事を貰うようなことでは自分が納得出来ませんからね」 「……つまり、ハルヒは俺の、あいつに対する気持ちを知りたいってことなのか?」 「恐らくはね。そしてそれこそが、今回の涼宮さんの願いだったというわけです」 今になってようやく僕も気付きましたよ、と自らを揶揄するように言って古泉は言葉を終えた。 そして……俺は考える。 「じゃあ、俺のやるべきことは……」 「あなたの気持ちを、涼宮ハルヒに伝えること。そしてその方法は、喜緑江美里が生徒会側からこちらに行動を促したことによって、涼宮ハルヒ自身が既に提示している。これを達成すればこちらの問題も解消され、異世界の問題を解消する『鍵』にもなり得る」 「…………」 ――どうやら俺は、幸せの青い鳥の居場所に気付いていなかったみたいだな。 答えはいつも、俺の胸の中にあったんだ。 「……これで全部繋がった気がするよ。ハルヒが俺達に自分の詩を書かせようとしていたこと、そして、これまでの一連の流れがな」 そうさ。俺は自分に課せられたポエムを完成させなけりゃならないんだ。 それは、他の奴らにやらされることじゃない。 俺が自主的に、そう望んでやることだ。 ハルヒはずっと待っていて、待たせていたのは俺であり、今だってあいつは俺を待っているんだ。 だから俺は、俺にとってハルヒってやつはどんな存在なのかってのをそろそろ伝えなきゃならない。だってさ………、 これ以上ハルヒを待たせちまったら、どんな罰ゲームが俺を待っているかわからないだろ? 「……そうか。じゃあ長門、今日は二人そろって遅くまで居残り決定だな」 やっと見えてきた目標に向かって頑張ろうと長門に求めると、 「わたしはしない」 と言われた。目が点になった。 「わたしの分はもう完成しているから。でも、あなたが付き合ってくれというのなら拒否はしない」 その台詞は別の機会に言って欲しいね。お前からそう言われて喜ばないやつなんかいやしないぜ。 「あ、先輩ひどいっ。早速浮気してちゃダメですよっ? 涼宮先輩に言っちゃいますからねっ」 ひどく恐ろしいことを朝比奈みゆきが言っている。すると古泉が、 「ふふ、まだ厳密には浮気だと決まったわけではありません。それに、例え彼の意思がなんであろうと涼宮さんは納得してくれるでしょう。彼女は強いようにみえて脆くもありますが、全てを認め受け入れることの出来る聡明さを備えている人ですから」 とか言いながら、あなたの答えは既に分かっていますよといった顔で俺を見てくる古泉。 「……長門。良かったら、お前の完成した詩を見せてくれないか?」 俺は古泉に対してなんの反応も出来なかったため、古泉の視線を無視することにして長門へと話しかけた。 そして俺は長門から渡された一枚の用紙に目を向ける。 ついぞ完成した長門の詩の内容は、これまたなんとも独創的で俺の理解が及ぶものではなかったのだが、それは以前の長門の小説を締めくくっているように感じられた。 ……あと、一つ言い忘れていたことがある。 これは俺が先程元通りになった機関誌を読んでいたときに気付いたのだが、長門の小説のページからは無題という文字が消え、三枚それぞれに、極短い単語ながらもちゃんと題が記されていた。ページ順にどう書いてあったのかを言えば、それは――――。 『雪、無音、窓辺にて。』 そして今回の長門の詩の題名は……。 何となく、長門が自分の意思で己の歩む道を決めたことの大きさと決心を物語っているような気がした――。 「…………」 と、回想はここまでで十分だろう。 そんなこんなで昨日、俺は自宅に帰ってからも夜遅くまでポエム制作に身を乗り出し、やっとの思いでポエムの完成にこぎつけたってわけさ。 ちなみに、俺は完成したポエムを読み返していない。 それはポエムが書きあがったのと同時に封筒に入れて机の中に仕舞い込んだためであり、なぜそんなことをしたのかといえば、これは深夜のラブレター作成理論に由来する。 恋という題目で俺が書いたポエムは、その、なんだ。はっきり言ってしまえば……今までの生活で、俺がハルヒのことをどう思っていたのかってな内容になってるんだ。 そんな恥ずかしいものを朝の俺が見てしまえばそれは世界の終わりを見るようなもので、顔を真っ赤にした俺が「さよなら世界!」と言いながら紙を破棄し、世界との運命を共にする方を選んでしまう恐れがあったからな。 ……あと、これは言わなくても良いことかもしれないが、俺のポエムは妹が持っていたパステルカラーの便箋に書かれており、封筒もそれにあわせた若干可愛らしいものとなっている。 どうしてそれを選んだのかといえば……まあ、なんとなくとしか言いようがないのだが。 「……あら、キョン。早いじゃない。珍しいこともあるもんだわ」 ――ハルヒがやってきた。 「……ああ、前に一回あったくらいだっけ。俺が一番乗りだったのは」 「たしか、あんたが妙なことを言いだしたときよね。有希やみくるちゃんが……」 「俺が何か言ったのか? まるっきり思い出せないんだが」 鮮明に、かつ明確に覚えている。 あのとき俺はハルヒにみんなの正体を語っていたんだ。 今思うとなんて迂闊だったんだろうと恐ろしい思いでいっぱいになるね。 「まあいいわ」 とハルヒは周囲を見回し、 「他のメンバーは? いつもこの時間には全員揃ってるはずだけど。なにか知ってる?」 「いや、俺も知らん。一体どうしたんだろうな」 と、これは本当だ。俺はいつもより早めに着いた方ではあるが、あいつらの姿は欠片も見かけなかった。何処かで待ち伏せしてるわけでもなさそうだ。 「ま。集合時間までにはもうちょっと余裕があるし、そのうちやってくるでしょ」 それより……、とハルヒは眉間にしわを作って、 「あんた、ちゃんと詩は書いてきたんでしょうね? 昨日の宣誓がちゃんと果たされているか、あたしが早速確認したげる。ほら、早く提出しなさいよね」 「そう急かすなよ。ちゃんと書いてきてるからさ。これでいいか?」 ほい、と俺は封筒を差し出す。ハルヒはそれを見ると、 「ふうん? やけに可愛らしいわね。レターセット? どうしたのよこれ?」 「妹から貰ったんだ。コピー用紙を持ち歩くのもなんだと思ってな。別にいいだろ?」 「いいけど、なんだかこれって……」 ――やっぱりなんでもない。と何やらはぐらかすハルヒ。 そして俺の手から手紙をひったくるのと変わらぬくらいに封筒を開き、中に収納されていた便箋に注視する。 「…………」 俺の書いたポエムを読むハルヒはどこまでも無表情だった。 やがて顔を上げると、 「……んー、見た目もそうだけど、中身もやっぱりラブレターっぽいわね」 「なんでだ?」 「だってそうじゃない。これが告白以外の何になるのか、逆にあたしが聞きたいくらいだわ」 ポエムの内容が……と言いながらハルヒは視線を手元の便箋に落とし、 「……あなたとの日常を振り返ってみたら、ようやく、あなたのことが好きだっていう自分の気持ちに気付きましたなんて……」 「……確か、宛名のないラブレターには何の意味もないんじゃなかったか?」 からかうような口調で答える俺に、ハルヒは納得出来ない自分を納得させるように、 「……そうね。まるで夜更けに書いたやつみたいに言葉を羅列しただけの支離滅裂な出来だけど、これはこれで恋のポエムって感じなのかな。でも……」 ハルヒは片手に便箋と封筒を持ち、ポエムの書かれている文面を俺に突きつけて、 「……これ、誰に言ってるの?」 「誰とはなんだ」 「う……」 ハルヒは少し怯んだ様子を見せた。 ――まあ、ハルヒが言いたいことはよく分かる。前回のミヨキチの小説と同様にこれは俺の実体験を元にしているであろうから、このポエムの登場人物にもモデルがいるのではないか? ということだろう。実際、それは間違いじゃないしな。だから、俺は………。 「ハルヒ?」 「な、なによ……」 「お前が手に持ってる封筒なんだが、ちゃんと見てみたらどうだ?」 「………?」 ――こういうときは、意外と相手の言葉の意味に気付かないものだ。 ハルヒは全くの受身で俺の言葉に従い、手に持っていた封筒をヒラリと裏返す。 そしてそこに書かれている文字に視線を落とし、しばらくそのまま押し黙っていた。 さて。 俺がそこに書いたのは、恐らくハルヒ自身が一番見慣れているものだ。 ハルヒは今、封筒の裏側に書かれているそれを見ながらどんなことを思っているのだろうね。 ――宛名の欄に記されている、自分の名前をさ。 「……キョン?」 「なんだ?」 ハルヒは視線をそのままに、小さく俺へと話掛けてきた。 ……そして、今まで自分が抱えていた不安を一気に押し出すかのように、ハルヒは語り出した。 「……あたしね、今まで、自分の存在っていうのはとてもちっぽけなものだって感じてた。自分が沢山の人間の中の一人に過ぎないんだっていうのを実感したとき、自分の世界がいかに普通かってことに気付いたあたしは、逆に世の中にはあたしの想像もつかないような面白い出来事を体験してるような特別な人がいるんじゃないかって考えたわ。……だからあたしは、宇宙人や未来人や超能力者なんかと友達になりたいってずっと思ってた」 ここで顔を上げ、俺をその大きな瞳で捉えると、 「けどね、SOS団のみんなと出会ってから、その考えは変わったの。実は最近、もしかしてあたしには特別な能力があるんじゃないかって思うようなことがあったんだけど、でも……それはあたしが望んでたことだったはずなのに、なんだか嬉しくなくて、むしろ不安になった。なんでそんな気持ちになったんだろうって考えたら、意外と早く答えは見つかったわ。あたしが特別な存在になる、それってね、今までの普通だったあたしを否定しちゃうことになるのよ。特別な存在なんかを求めることだって、今まで好きだった友達を否定しているのとなにも変わらない。――まあ、つまり何が言いたいのかって言えばね……」 ここまでを話し終えたハルヒからは憂鬱な感情が消え、そして、俺の目が眩んでしまいそうな程の微笑みをこちらに向けて――――、 「あたし……SOS団のみんなと、キョン。あなたに出会えて良かった」 ふんわりと作られた笑顔の端には一粒の涙が零れ出し、それはまるで、灰色の雲に覆われた空の後に訪れる晴々とした太陽のように眩しく、輝いていた。 ……俺がしばらく見とれるばかりであったとき、ハルヒは手で自分の目元を一回だけ拭うと、 「ちょっとキョン! ぼーっとしてるヒマなんてないんだからねっ! ほら、早く探しに行かなくちゃ!」 今まで以上に元気な声で言い放つと、ハルヒは踵を返してそそくさと歩き出してしまった。 「ちょっと待ってくれ」 この言葉でハルヒは進むのを止め、俺はその場に立ったまま、 「それって、宇宙人や未来人や……超能力者をか?」 手を伸ばしたまま質問する俺に、ハルヒは何を言ってるのよといった表情を浮かべ、そして今までよりもためらいのない百ワットの得意顔を作り――心地の良い意気を込めて、こう言い放った。 「有希とみくるちゃんと、古泉くんに決まってるじゃない!」 エピローグ